フルパッケージ
サメの鼻先にはロレンツィーニ瓶と称される、極めて敏感な器官が備わっている。ほとんどのサメはこの器官で百万分の一ボルトという極小な電位差を感知し、潜んだ獲物を見つけ出すのだ。
そして、レッドハンマーの因子ベースとなった撞木鮫は、サメの中でも特に多くのロレンチーニ瓶を備える種だ。ならば因子を引き継ぐ彼女も当然、その感覚に秀でている。
離れた標的を捕捉し、追尾することは勿論。その気になれば、意識を集中させることで標的の筋肉に流れる微弱な電流を感知し、動きを先読みすることさえ可能であった。
「ふぅ…………」
集中を研ぎ澄ますほどに、彼女の瞳は口元に巻かれたマフラーよりも紅く、輝く。
「まっ、これ以上詰める必要もないだろうけど」
再生が追いつかず、血を流し続ける鋼助は既に満身創痍であった。
次の瞬間には痛みか失血性のショックで倒れたとしてもおかしくはない。動きを先読みせずとも、今の鋼助になら容易に大槌を当てられるはずだ。
カチカチと大槌が床をなぞるたび、小さな火花が散った。
一歩。また一歩と。着実に間合いを詰めていく。
「────それじゃあねッッ!!」
遥か高くに振り上げられた大槌は鋼助を押し潰すかに思われた。だが、彼女の感覚は確かに捉える。
鋼助の口周りに微かな電流が走った。口角を釣り上げ、この状況で笑ってみせたのだ。
◇◇◇
「お前と俺が同類って言うんなら、俺にもこういうことができるってことだよなッッ!!!」
両腕から発現していた飛魚のブレードが分解される。それに代わって再形成されるのは、鋼助の額をすっぽりと覆うフルフェイスのヘルメットだ。
「うぐッッ……!!」
振り下ろされた大槌に砕かれながらも、ヘルメットはその一撃を防いでみせた。
所詮は猿真似芸。強度も十分だとは言い難い。
「やっぱ……一朝一夕にはいかねぇみてぇだな……」
だが、そうだとしても。反撃のチャンスを掴むには充分だ。
次いで、新たに形成された外殻が全身を覆い尽くす。その姿はプロテクターと装備で全身を武装した特殊部隊員を思わせた。
「飛魚×黒鮪────完全防護」
全身を覆うキチン質の外殻は、あらゆる外的要因から鋼助を庇護するためにある。それは奇しくも、レッドハンマーが頼りにしていた、筋肉に流れる電流の感知を誤魔化す目隠しにもなり得た。
二人の間合いは、ほとんどゼロに近い。
「ぐっ……そんなコケ脅しッッ!!」
レッドハンマーは咄嗟に飛び退こうとするも、予想外の鋼助の奇策、先ほどまで見えていた電流が見えなくなった動揺が相まって、反応が一瞬遅れた。
「テメェはここで無力化するッッ!!」
ロレンチーニ瓶はシュモクザメにとって最大の武器ともなり得るが、同時に敏感過ぎるがゆえに最大の弱点にもなり得た。
「まっ……待って!」
サメの弱点は神経の密集する鼻っ柱。
それならば、レッドハンマーも同様に────
「さぁ、歯を食い縛るんだな、サメ女」
熱を帯び、加速した鋼助の拳は、彼女の鼻っ柱をブチ抜いたッ!




