クロマグロ×トビウオ VS シュモクザメ
「改めて、名乗るわね。アタシは真紅の鉄槌────CODEレッドハンマー。因子ベースは撞木鮫」
紅い瞳を瞬かせ、彼女が大槌を構えてみせた。
「この大槌もサメのキバに含まれるフッ化アパタイトを体表から切り離して、高密度に圧縮したものなの。どう、凄いでしょ?」
ホワイトエッジが手にしていた発熱するブレードも、その大鎚を自由自在に振り回すだけの筋力がレッドハンマーに備わっていたことにも、彼女らが〈EXD手術〉を受けた人間だというのなら合点がいった。
だが、どうしてだ? 特務海上保安庁でもない彼女らが手術を受けることが出来たのか?
仮に何らかの伝手で手術を受けられたとしても、彼女の瞳はなぜデフォルトである蛍たちと同じ蒼色ではなく、イレギュラーである自分と同じ紅色をしているのか?
「もしかしてだけどさ、貴方もアタシたちの同類なの?」
彼女は純粋な疑問で首を傾げた。
「貴方もアタシたちと同じ、あの施設にいた被験者の、」
「んなこと知らねぇよッ!」
大きく頭を振って、言い返す。
今、鋼助が考えなくてはならないのは、敵の正体ではない。
「そんなこと、考えてる場合じゃねぇんだ」
今、鋼助が考えなくてはならないのは、いかに迅速にレッドハンマーを捕縛するか。そして、どれだけ早く蛍のフォローに回れるかだけだ。
「常に思考を回せ……優先事項を違えるな」
自らの内に宿った因子の力を、今度は明確な敵意を持って他者に向ける。
それは鋼助の矜持に反することであった。だが、それ以上に恐れなければならないのは、最悪の結末。────このままアミを奪われることだ。
「行くぞ、レッドハンマーッ!」
加速を付けて、彼女の間合いへと飛び込む。さっきは拳を本気で振るって、あれだけの力が出てしまった。
なら、今度は半分程度に力を抑えて────
「なに、このへなちょこパンチは? まさか、手加減してるわけじゃないわよね!」
鋼助の拳は大槌のグリップ部によって、簡単に止められた。
無理やり拳を押し込もうとしても、今度はまるで力が入らない。あの心臓がドクドクと暴れ出しそうな感覚も、身体が熱を帯びていくような感触も、その両方が身体の中から消え失せる。
「しまっ……⁉」
「パンチってのはね────」
レッドハンマーが不意に大槌を手放した。彼女の口元を覆い隠すマフラーが揺れ、固く握りしめられた拳が右フックを撃ち放つ。
「こうやって打つのよッッ!」
口の中に錆臭い鉄の足が広まった。拳を受け止めた頬骨には亀裂が走る。
「うぐっ……!」
「ホラホラっ! 貴方もアタシたちの同類なんだから、この程度のダメージ、すぐに回復するんでしょ」
鋼助の受けた打撃は致命傷になり得るものだった。
だが、レッドハンマーの言う通り、砕かれた骨は即座に接合され、痛みも消える。
異常な再生力。それは既存の〈EXD因子〉の範疇を超えた治癒であった。
「…………マジかよ」
そっと、指を添わせるよう。たしかな悪寒が鋼助の背筋をなぞる。
まるで自分が、自分でないバケモノに変わっていくような。そんな感覚が足元から這い上がる。
それとは対照にレッドハンマーの眉根が嬉々として歪む。
「やっぱり。そうじゃなくちゃ、面白くないわよね!」
大きく掌を広げ、今度は二本のフッ化アパタイトからなる小振りな金槌を形成した。手狭なエンジンルームでの戦闘において、より優位を取れるのは、取り回しの良い武器だと判断したのだろう。
それを両腕に、鋼助との間合いを詰めるッ!
「力任せのド突き合いと行きましょう!」
「ッッ……き、来やがれッッ!!」
シュモクザメVS黒鮪。実はベースとなった海洋生物同士で速さと筋力を競い合わせたのなら、軍配が上がるのはクロマグロの方なのだ。正面から殴り合いに持ち込まれたとしても必然的に鋼助の方が有利となる。
今度は中途半端に力を抜かなかった。彼女と自分が同類だというのなら、その再生力も同等であろう。
ならば手加減をする必要も、それだけの余裕もない。
「そこだッ!」
軌道も確実にレッドハンマーの右頬を捉えている。彼女の挙動に合わせ、ややカウンター気味に。さっきの一撃を返してやれる準備を整えたはずだ。
けれど、レッドハンマーはヒラリと。軽くステップを踏むように後ろへと逸れて、鋼助のストレートを避わしてみせる。
「チョロすぎ」
それはあまりに適切な回避であった。まるで、こちらが拳を打ち出すタイミングがわかっていたように────
「アタシには読めるのよ、貴方のヘッポコなテレフォンパンチがねッッ!!」
「なっ……⁉」
すかさずレッドハンマーの握りしめた金槌が、鋼助の下顎を砕いた。アッパーカットの要領で、躊躇なく金槌を振り抜かれる。
「ボクシングはお好き?」
そう言いながらも彼女は、両手の金槌を手放してみせた。
代わりに彼女の両腕が、真っ白な手甲に覆われる。金槌のフッ化アパタイトを分解。それを、両腕を覆うグローブへと再形成したのだ。
(右か左の二択……ッ!)
鋼助をぶん殴った時も、ついさっき金槌を振り抜いた時も、彼女は必ず右腕を振るっていた。彼女にとってはそれが無意識のクセになっているのだろう。
鋼助は咄嗟に右腕からの一撃へ、ガードと神経を集中させた。読み合いを制した自信もあった。
しかし────
「ハズレ」
左の手甲が脇腹に深々と突き刺さる。彼女の因子が再現するのは歯を形成する成分だけに止まらず。手甲の表面には、サメ特有の鋭さとノコギリ状の微細な刃が再現されていた。
「鮫の本命は、やっぱ歯でしょ?」
突き刺さった手甲は鋼助の筋繊維を容易に切り裂き、ノコギリ状の刃は内臓をズタズタに傷付ける。
二人の驚異的な再生力にも、確かな限界値は存在した。以前、ロブスター型のハイドラに〈こんぺき〉が襲撃された際、鋼助が力尽きて倒れてしまったように。大きな傷を修復するのには、それ相応の体力を削られるのだ。
「ふふーん」
思い返せば、レッドハンマーははじめからこの一撃を狙っていたのだろう。
敢えて、「ド突き合い」と口に出したこと。
両腕に小さな金槌を握りしめたこと。
それらは全て、鋼助の注意を自分の狙いから逸らし、近距離での殴り合いに乗せるためのブラフだ。
「げっほッッ……!! このッッ!!」
無理に彼女の手甲を引き抜けば、傷口が広がるのは明白だ。それでも鋼助は後ろへと飛び退く。
内側から食い破られるような痛みに思わず、顔を顰めた。途切れかけた意識を、荒い呼吸でなんとか繋ぎ止める。
「……まだ……だぁッ。……まだ、倒れてたまるかよ」
「ふーん。……これでも倒れてくれないんだ。……結構、必殺技のつもりだったのに」
三度目の正直と言わんばかりに、レッドハンマーは武器を形成し直す。原点回帰。彼女が構え直したのは、最初に担いで現れたときの大槌であった。
「それなら、やっぱりコレで叩き潰すしかないみたいねッ!!」




