第6話 真相
樒は夕餉前に明衣のところへ戻ってきた。
おかえりなさい、と明衣が言うと彼女は心底つらそうな顔をしていた。
「……樒様?」
明衣が問うと、樒は何度も正体なく頷いた。
「……」
「明麟閣で何してきたんですか?」
明衣が問うても、樒はぼんやりしていた。
「……ひょっとしたら柳染蓉香殿が罰を下されるかもしれません」
「え?」
「毒のある飛鬼の例を調べに明麟閣へ向かったらですね、許婚がおりまして」
「仲直りされたんですか?」
明衣が聞くと樒はうつむいた。
「仲直り……というより輿入れの前日に脱走したことを許されてしまいました……」
「許されて何が悪いんですか」
樒はそれには何も答えなかった。
「許婚が色々と教えてくれたんですけど。蓉香様と理瑞様は仲が悪かったんだそうです。で、たぶん紫紺に出た鬼は蓉香様の飛鬼で、理瑞様を襲うために派遣したのではないかと……」
「ほう」
「叔父上はそれを憂慮し、蓉香様を罰するのではないかと」
明衣はあっと悲鳴をあげた。
「確かに、一理ありますね。理瑞様は宗水様にさまざまな金品を献上していた。その動機は、宗水様のお力で姉から守ってほしいからということなら理解できます」
だが明衣は数秒考えるとすぐに違和感を覚えた。
「でも、おかしい話ですね。じゃあ柳染家に出た鬼は何?」
「それなんですよ。何なんでしょう」
理瑞は死んでいる。それに蓉香はためらいなく鬼の首を落とした。自分の飛鬼にそんなことはできるだろうか。あの鬼は何なのだろう。
すると、鎮守六家から使者が飛んできた。
「山鳥殿。樒様。至急寺社奉行所へ。柳染蓉香様が処断されます」
「え? どういうこと?」
鎮守がなにか不正したときは寺社奉行所が判断する。
「ええ。柳染蓉香様が弟君、柳染理瑞様を飛鬼によって殺害した件を白藤家が告発しました。白藤家は事態を重く受け止め、主だった鎮守の方や寺社奉行所の重職の方にご出席いただきたいと」
樒を見たら、彼女は真っ青な顔になっていた。
「叔父上?」
柳染蓉香は寺社奉行所の庭で首をはねられた。
樒があまりのことに寺社奉行所の廊下で立ちすくんでいると、婚約者の白藤宗柊が声をかけてきた。彼も蓉香の処刑に臨席していた。
「樒、来なくても良かったのに」
「……来るように言われましたので」
「……断っても良かったんですよ。僕も蓉香殿が首をはねられるのを見て恐ろしいものだと思ったから」
冗談だろう。宗柊は弓を得物とする鎮守として数え切れない鬼を退治している。ただ首がはねられるのを見るだけで恐ろしいとは。
宗柊の背後から衣擦れの音がした。
それを聞いてか、宗柊はわざと声を高くして言った。
「父上があんなにずさんな調査で貴重な鎮守の首をはねられるとは思っておりませんでした」
姿を現した白藤宗水は、珍しくひどく眉根を寄せていた。
一人息子をこれ以上無いほど恨んでいるような目つきで睨んでいる。
「……お前のそういうところが、そういうやり口が好かない」
ふいと顔を背けた宗水は身を翻して別の方へ行ってしまった。
宗柊は鮮やかに微笑んだ。凄絶なほど美しい笑みだった。
樒は首を傾げて目を瞬かせた。
✿
夜。
明麟閣に来客があった。
「よくやってくれた」
白藤宗柊はその客に向かって笑った。
血のように赤い瞳。銀の髪は少々癖がある。大柄な偉丈夫。彼は手元に酒を持ってきていた。
「次の柳染の当主は、我らが柳染翔麒殿となったな」
柳染翔麒は蓉香の二番目の弟。今年で十八歳ほどになる。柳染家随一の鎮守と評判だった。
「大変めでたいね」
宗柊はくすくすと笑いながら酒瓶を偉丈夫から受け取る。彼は奥から盃を二つ持ってくると酒を注いだ。そしてぐっと飲み干す。
「大変に美酒だ。どこの?」
「我が朱鷺州の。良い水が出るところがあるんだ」
偉丈夫は宗柊の肩を叩いた。彼の名前は朱鷺玲珀。得物は弓、最強の鎮守と呼び声高い人物だ。
「まさか理瑞殿が、姉からいじめられているから助けてくれと父上に賄賂まで贈っているとは思わなかったよ」
「ははっ。宗水様は汚濁そのものだからな」
玲珀は酒を飲みながら噴き出した。
汚いなぁ、と言いながら宗柊は更に酒を注ぐ。
「もともと柳染蓉香殿は父上の愛人かと思うほど父上派で大変気に入らなかった。それであればと思ったのだ」
「何。飛鬼に鎮守殺しの毒を繰り返し盛らせて毒漬けするのは良い実験になった」
柳染理瑞が賄賂を宗水に贈っていると知った二人は、ある計略を思いついた。
玲珀の飛鬼に死なない程度に繰り返し毒を盛らせる。総計すれば鎮守でも瞬時に死ぬような量を。少しずつ。
じわじわと蝕む毒は飛鬼を酔わせる。
理瑞の現れそうなところに酔った飛鬼を置き、退治させる。これで飛鬼が理瑞を殺してくれればそれでよし、飛鬼の鬼肉を食ってくれればもっとよし。
「理瑞殿が賄賂などに手を染めていなければ、私の仲間にしたのにねえ」
宗柊は微笑した。どこか艶めかしかった。
「蓉香殿に罪を被せるのは存外骨ではなかったな。そして翔麒殿に家督がいった。大変めでたい」
肩をぐるぐると回しながら玲珀は言った。
「まあ、もともとあの蓉香殿と理瑞殿の仲の悪さは有名だからね。意外だと思われなかったんだろう」
宗柊は肩をすくめた。
「……だけど、柳染の屋敷にまで飛鬼を襲わせる必要はなかったんじゃないの? 不審がられる」
「宗水様のほかに、誰が不審がっている?」
「おそらく樒は不審がっている。何故か君が樒のいるところに酔った飛鬼を派遣するものだから」
すると玲珀は宗柊の肩をそっと掴み、床に押し倒した。
「桜霞は弓を得物とするのに無能だ。男なら殺しているところだが、女だから俺かお前の子を産ませようと話したじゃないか。ただそれだけの存在だ。だってのに物事もわきまえずに婚儀の直前に逃げやがって。そんな馬鹿女は粛清だ、粛清」
「一応私の婚約者だよ。丁重に扱ってもらいたいものだね」
「殺しちまえよ。あれよりもまともな女は山ほどいるぞ」
玲珀は宗柊を見下ろした。宗柊は起き上がって肩のゴミを払う。
「卯花の家の弓の女が生む子は恐ろしく強いと教えてくれたのは君だけどね」
「……ここ数代の鎮守は腐っている」
最近は鎮守は弱くなっている。あちこちで鬼の侵入を許してしまっている。
そのために彼らは実力あるものを集めて明麟閣に呼び、仲間としている。
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油揚げが目の前にあった。
「え? 叔父上、これって……」
樒は白藤家別邸で寝ていた。頭を使いすぎて知恵熱を出した。人間の医者に見せていいかわからなかったため、明衣が宗水に相談したところ樒は引き取られた。
宗水は床についている樒に向かって笑う。
「うん、油揚げ」
「……私に食べろっていうんですか?」
「違うよ」
樒の影からぴょんとももが現れた。
『あぶらげ!』
ももは皿の上の油揚げをぺろりと食べてしまった。
宗水は樒を見下ろした。その紫の目はどこか鋭かった。
「樒、協力してほしいことがあるんだけど」
(終)




