第4話 襲撃
鎮守六家第五席・柳染家の屋敷は紫紺の中央部に位置する。鎮守六家の屋敷自体が紫紺の中央部にかたまっており、柳染家は豪華な軒のひしめく一角にあった。
理瑞の賄賂の話を聞いて数日後の朝、明衣は木造りの巨大な正門の前に仁王立ちになっていた。
隣には樒がいて、その影から九尾の子狐のももが顔をのぞかせている。
「あのう」
樒が明衣の肩に触れた。
「やっぱりやめておいたほうが……早すぎますし」
「連絡はしてあるのだから大丈夫です。それにこの時間に来いといったのは柳染家の方です」
彼女は門を叩いた。
「失礼する! 先日御文を差し上げた寺社奉行配下吟味物調役の山鳥と申します!」
すると、ギッという音を立てて門が開いた。
開いた、と明衣と樒が中に入ろうとすると、脇から黒塗りの駕籠がするっと入っていった。
「何!?」
明衣は叫ぶ。その駕籠には藤の文様があしらわれていた。──白藤家の駕籠だ。
「あれ、叔父上」
樒が駕籠を見て首を傾げる。駕籠が前庭に置かれると、中から白銀の羽織を着た白銀の髪の不惑《四十》を少し過ぎたほどの男が出てきた。
上品で艶を含む容姿をした人物である。白藤宗水だ。
「何をなさっているんでしょう。柳染家にいらっしゃって……」
樒が不審げに顎に手をやる。
奥から衣擦れの音をさせて、豪華な打掛を身にまとった白銀の髪の女が髪を振り乱しながらやってきた。
宗水が屋敷の中に入る前に、彼女は何かをわめきたてている。
騙されたのです、とかなんとか。
「あれ。あの女の方、柳染家当主の柳染蓉香様じゃありませんか?」
樒はいった。明衣は眉をひそめる。
「私たちと約束があるってのに。鎮守様っていうのは人間を下等な生き物だと思ってらっしゃるよねえ」
「す、すみません」
樒は肩を竦める。
「とりあえず、理瑞様のことは聞けそうにないね」
帰ろう、と言った矢先。
突然、空から鬼が降ってきた。以前の鬼と同じく家の大きさくらい。頭はムカデのよう、背には大きな翼。手は人間の腕が千手観音のように何本も生えており、脚は獅子のように四本の足だ。
腐った肉のような妙な異臭もする。
怪鳥のように異様な鳴き声を上げながら、樒たちの前に立ちはだかる。
「ぎゃあああああああ」
樒は悲鳴を上げた。鎮守とは到底思えない腰の抜けようである。
ももが樒の影から出てきて、大きな九尾の狐に変わった。尻尾で樒の頬を叩く。
『しきみ! おにたいじよ!』
「無理だよおおお」
樒は涙を流したが、影からやはり弓を出した。
鬼はドロドロとした粘液を樒に向かって吐いた。
「やだっ! 気持ち悪いっ」
彼女が避ける。
急いでももにまたがる。その間、明衣は手拭で口と鼻を覆った。
樒は矢をつがえると、鬼にめがけて放った。
ぴょーん。
矢はへなへなと地面へ降下していった。
「な、何!?」
明衣が思わず突っ込む。
だが矢は地面を這うように進む。鬼の脛にあたった。
ぎぇぇぇ、という悲鳴を上げて鬼はふらつく。
奥から柳染蓉香が出てきた。刀を持っている。彼女の得物だろう。
彼女は抜刀すると無言で虚空を飛び、鬼の首を切り落とした。
「御前」
柳染蓉香が冷静に奥にいる白藤宗水に訊く。
「食べないほうがいいんじゃないかな。蓉香殿。そして樒も」
宗水はそう返した。樒のほうを見ている。
「最近は毒のある鬼が出てきたと噂だからね」
明衣はその物言いになんとなく引っかかった。
「樒も、山鳥殿も今日のところは帰りなさい。蓉香殿は私と緊急に話し合わなくてはいけなくなった」
そんなわけで、二人と一匹は柳染家の門の外へ出されてしまった。
『ギモンね』
ももがとぼとぼ歩きながらぽっつりという。
「何が? 叔父上の態度はいつもあんなだよ。大事なことは教えてくれない。ももはよく知ってるでしょ」
樒は唇をとがらす。ももは首を横に振った。
『ううん。ちがうわ。ちんじゅろっけのやしきにはぶあついけっかいがはられていて、おにはやしきにはいれないはず』
「……」
樒と明衣は顔を見合わせた。たしかにそうだ。
紫紺には結界がはられているが、鎮守六家にもさらに解除不可能な分厚い結界が張られている。紫紺の結界が破られたとしても鎮守六家に鬼が出没することはない。
「鬼が柳染家に出現するなんて不可能」
樒は震えだした。
明衣は「でもさ」と言った。
「でも、元の鬼であるもも殿は平気で柳染家に入れたよね」
「それは飛鬼だからです。飛鬼は浄化された鬼で鎮守──私たちの種族に忠誠を誓っている。そして鎮守を守るための盾でもある。そのために特別に結界が開くんで……あ」
樒は目を大きく見開いた。顔を青ざめさせている。
「あの……わ、私、明麟閣へ向かいます」
明麟閣とは白藤家が所有する鎮守のための大きな図書室だ。鬼に関するありとあらゆる情報が保管されている。




