第2話 鬼退治
樒の口に無理やり朝餉を突っ込んだあと、皆で豆腐屋へ向かった。
山鳥家の屋敷のある武家屋敷のならんだ一角を出て少し歩くと、大きな橋がある。その橋を渡ると店が軒を連ねている。さまざまな人々が行き交い、あちこちでおいしそうな匂いがしていた。
『あぶらげあぶらげ〜!』
ももは鼻歌を歌いながら得意げに街を闊歩していた。
『やまどりにはとってもおいしいあぶらげをかってもらわないと♡』
「はい、すみませんでした」
明衣はももを軽く睨んだ。まだももに蹴飛ばされた足跡が頬についている。
樒の方に目を転じれば、銀髪をほっかむりで隠した彼女はきょろきょろと街の様子を見ていた。
樒は女物の着物は着ず、男物の淡い紅色の小袖に紺色の袴を着ている。
明衣は樒が女物を着ている姿を見たことがない。持ってきた荷物の中には見事な女物の着物が数着あったけれど。
「樒様。どうです、街の様子は」
「……明るすぎて鬱……」
外に連れ出してもご乱心の姫ぶりは変わらない。
いつからこんなにご乱心になってしまったのだろう。生まれたときからこんな調子なのだろうか。それとも、誰かに傷つけられてしまったとか。
「すみません……こんなに……明衣さんが良くしてくださっているのに……」
樒は胸を掻きむしった。
「やっぱり私はこの世にいないほうがいい……」
彼女は地面に崩れ落ちて懐剣を取り出す。
だが。
その懐剣を、虚空へ投げた。
ぎゃあああ、と人間の声ではない咆哮が何処かから響く。
「明衣さん、鬼です。逃げて下さい」
近くの橋に家ほどの大きさのある鬼が倒れ込んでいた。
筋骨隆々とした足には樒の懐剣が刺さっている。顔は骸骨。腕はなめくじの尻尾のよう。どろどろと黒い粘液を吐いている。橋の上にいる人間を絡め取って食おうとしていた。
「皆さん、逃げて!」
樒は小さな声を張り上げて叫んだ。
明衣は避難してきた者たちを安全な店の軒下へと誘導する。
「まったく、何なんだ最近の鬼は。紫紺にも平気で現れて」
皆頭を抱えている。
普通、鬼は都である紫紺には滅多に現れない。都には鎮守六家が共同で作り上げた結界が張られていて、これを突破することは難しい。
「とりあえず逃げられる人はお社に逃げて!」
鎮守六家が各所に設置している社や寺は清浄な空間であり、鬼は決して入ってくることができない。
明衣が近くの社に皆を誘導していると、銀の髪を風にたなびかせた樒が鬼に対峙している姿が見えた。
──え?
樒は自分の影から、弓を引き出していた。
──得物が弓? ありえない。
鎮守は生まれて数ヶ月で一生使用する武器を選ぶ。「得物」という。どんな「得物」を選ぶかは彼らの能力によって決まる。
大抵の鎮守は刀を得物とする。能力が高ければ槍や薙刀を得物とする。手裏剣を得物とする変わった鎮守もいる。
だが。
弓を得物とする鎮守は最強といわれており、現在四名しかいない。鎮守六家筆頭・白藤家当主である白藤宗水とその一人息子である白藤宗柊、次席の呉須家当主である呉須律岩、三席の朱鷺家当主の弟である朱鷺玲珀。いずれも男性だ。明衣も弓の鎮守といえば男性の印象がある。
だが、鎮守は得物を偽ることは出来ない。自らの影から出す武器は彼らのれっきとした得物だ。
樒は弓を取り出すと、矢をつがえた。
明衣はゴクリとつばを飲む。
だが、びゅん、と横から黒いものが飛んでいった。
「もらった! 俺の手柄だ!」
黒いものは華麗な身のこなしで鬼の上に乗った。
よく見れば、銀の髪を短く切った青年が槍を振り回し、鬼と格闘している。
「はえ……」
樒は膝から崩れ落ちた。
青年は樒が崩れ落ちている間に鬼の首を切り落とした。
青年の名を柳染理瑞という。鎮守六家第五席・柳染家出身の鎮守だ。
川岸で鬼を解体した理瑞は、薪を持ってくると鬼の肉を焼きだした。
「これに塩をつけて食うと旨いんだよなあ。醤油でもいいが」
「それはわかりますけれども」
樒は膝を抱えながら頷いた。
「あ。お姉さんも食うか? 生は人間にはおすすめしないが」
理瑞はにっこりとした笑顔を浮かべて鬼の肉をその場にいた明衣にすすめてくる。
「いや、ご寛恕を。人間は鬼の肉を食べたら死んでしまいますので」
「そっか。そうだな」
「……私には分けてくれないんですか」
樒は頬をふくらませる。
鎮守は鬼の肉を好物とする。なんということはない。鬼が人間を好むように鎮守も鬼を好むのだ。
自己卑下の塊の樒だが、鬼肉は食べたいらしい。
理瑞はあっさり言った。
「いやあ、あんたには無いよ?」
「そんな!? 懐剣で動きを封じたじゃありませんか!」
「でもそれ以外大した働きしてないしなあ……」
「ひどすぎる……!」
樒は泣いた。
「まあ、また出てきたら倒せばいいじゃん。っていうか鬼肉がほしければ呉須州行けば? あそこ鬼がいっぱい出るからさあ」
呉須州とはこの国の南西部に位置する。鬼は何故か南西からやってくる。
「……私は鎮守ではなくなりましたので」
ぷいと樒が顔を背ける。
理瑞はそんな樒を見て「なんじゃそりゃ」というと、焼き上がった鬼肉を頬張り始めた。
「うまーい!」
その瞬間。
理瑞は血を吐いて倒れた。




