よくにたものたち
仕方ないじゃない。
私だってイジメられたくなかったんだから。
その子を生贄にすれば、私達はイジメられなくなるんだから。
何も出来ない暗くてデブで不細工でニキビ面の、あの子。
私達はカースト上位の女の子たちに、その子を差し出した。
だってそうしなければ、つるむことしか出来ない暗くてデブでブスの私達のだれかが生贄になるのは決まっているから。
知ってる?あいつのテストの点数、バカすぎだよ~。
あいつのあの走り方見た?気持ち悪いよ~。
うわ、あいつが何か喋ってる~。やだやだやだ~。
あいつに触れたの?早く消毒しないと~。
凄い~。一年生でレギュラーなの?凄いよ~、試合に応援に行っても良い?え、う、うん、そうだよね。ご、ごめんね。ね、ねぇ、それにひきかえ何あいつ。同じ部活だよね、やっぱり部活でも気持ち悪いの~?
あの日、小学校3年生の弟は言った。
「お姉ちゃん、昨日、何で橋で川を見てたの?先生が増水して危ないから近づいたらいけないって言っていたよ、アハハハ、怒られるよー」
母は無邪気に笑う弟を大声で叱りつける。
「静かにしなさい!そんなこと二度と言わないの!どうでもいいでしょう!」と。
優しい母からの突然の叱責に弟は驚き泣き崩れるも、母は無視して私を力強く抱きしめ耳元で囁く。
「あなたは何も悪くない、何も見ていない、何も関係ない、大丈夫、大丈夫」と。
そんな母も3年ほど前に癌で亡くなった。入院先の担当医からはもう何がおきてもおかしくないと言われていた。そして亡くなるその日、母は私の手を力強く握った。薄目で何を見ているのか見えているのかも分からず、口は動いていなかったが何を伝えたいのかはすぐに分かった。消防士になった弟は死に目に間に合わなかった。
「姉ちゃんばかり可愛がっていたと思う。俺の仕事も最後まで猛反対していた。でも俺はお母さんが好きだった。もっともっと長生きしてほしかった」
母の亡骸を前に弟は泣き崩れた。
母はあの日から弟より私に愛情を注ぐしかなかったのだろう。それは私のためでもあったし、自分の精神を保つためにもきっと必要だったのだ。
これまでの日々において、時折、まったくの別人にあの子の存在を感じた。
顔はまったく似ておらず、体形も性格も違うのに。
ただ何故か、あの子の雰囲気を感じるのだ。
高校通学路の途中にある和菓子屋の店員、専門学校の別クラスの講師、たまに来るバイト先の客、従兄弟の友人、会社の受付嬢、夫の部下。まるで、少しづつ少しづつ少しずつ、私に近づいてくるような関係性。
そして今日、初めて遊びに来た息子の友達。驚き声を上げるのを必死に抑え挨拶を返した。雰囲気もさることながら笑顔であいさつされたあの声は。俯きながらボソボソ話していたやや低いあの声、溺れながら助けを求めていたあの子の声だった。
息子とその友達は昼頃に2人で川に遊びに行くと出かけた。自宅から自転車で1時間ほどのその川は、キャンプも出来る地元の人気スポットで、県外からもよく人が来る。ママ友の話では連日の猛暑で例年以上に人が来ているらしい。
あの日とは違う。大雨でもないし、人もたくさんいるし、あんなに深くもないし流れも急ではない。
けれど夕方近くになっても、息子はまだ帰らない。
大丈夫、大丈夫、母はあの日から事あるごとに私にそう言ってくれた。
それはまるで暗示のように私を支えた。
息子のスマホに電話するも出ないし、ラインをしても既読にならない。思春期で親という存在が恥ずかしいから電話に出ないこともあるだろう。自転車に乗っており気づかないこともあるだろう。スマホの充電が切れてしまうことだってあるだろう。大したことない理由に決まっている。きっとそうだ、大丈夫、大丈夫。
息子はきっともうすぐ帰ってくる。そして聞こう、今日初めて来たあの友達のことを。きっととても良い子なのだろう。あの子がそうであったように。
そんな事を思っているとラインがきて、慌てて内容を確認する。
夫が会社の人と飲みに行くから夕食はいらないとのことだった。きっとあの子と雰囲気が似ているあの部下のことだろう。50歳にもなって26歳と浮気をするバカな夫に愛情などお互いにもうないが、息子は夫を慕っているから離婚は出来ない。私はため息をつき息子の帰りを待つ。
「ええ、それから息子は帰らなかった。あなた、あの子に雰囲気がそっくりよ。ようやく私のところまで来てくれたのね。え?いいわよ、いいわよ、誤魔化さなくて、分かっているから。あなたに会うのだけを生きがいにしてきたんだから。息子の仇をとるためだけにね」
そして私は隠し持っていたカッターを取り出すと、施設の職員に飛びかかり首を狙う。職員は驚き尻もちをつきながら叫ぶ。落ち着いて、やめて、誰か、と。
私は呟く。うるさい、うるさい、うるさい、私は大丈夫、大丈夫だ、大丈夫なんだ。
私に覆いかぶさられた職員は叫び暴れる。やめて、やめて、人殺し、と。
私は呟く。証拠はあるのか、もう40年も前の話だ、私は大丈夫だ。
生贄は尚も抵抗しながらあの日のように叫ぶ。
助けて、と。




