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第2話 均衡の崩壊

――核廃絶から一年。

 《リュミナ・シティ》の冬は、前年よりも冷たく感じられた。

 だが、その寒さの原因は気候ではなかった。


 セリル・カインは取材のため、紛争地帯《ガルニア前線》に降り立っていた。

 ここは大国ヴァルネアと《オルグラ》が数十年にわたり領有権を争ってきた土地。

 かつては核抑止の影響で、大規模衝突は避けられていた。だが今は――。


 耳をつんざく砲声が、乾いた大地を震わせた。

 塹壕に身を伏せながら、セリルはレンズを構える。土埃の向こうで戦車が砲撃を繰り返し、無人偵察機が低空を滑っていく。

 空は鈍色、寒風は血の匂いを運んできた。


「核がなくなったら平和になる? 笑わせるぜ」

 隣でヘルメットをかぶった《オルグラ》兵士が苦笑する。

「やつら、核がないから強気なんだ。都市を攻めても報復の心配がない。これが“平和”かよ」


 その言葉は、昨年のマルコの声と重なった。

 ――核の傘が消えた瞬間から、世界は“剣と盾”の時代に戻る。


 数週間後、セリルは《マリノ海峡》に飛んだ。

 そこでは《アジア連邦》と《マリノ諸国》が漁業権を巡り、艦隊同士のにらみ合いを続けていた。

 双眼鏡の向こうで、灰色の艦橋が海霧の中に浮かび、ミサイルランチャーが無言のまま敵艦を狙っている。

 引き金を引くには、もう一歩。

 核があれば越えられなかった一線が、いまや海風と同じくらい軽やかに越えられそうだった。


 数日後、セリル・カインはヴァルネアとオルグラの国境のサレンタにいた。

仮設スタジオでは、両国間で行われる停戦協議の生中継が始まろうとしている。


背景モニターには、世界各地の衝突映像が映し出される。

街頭暴動、国境越えの侵攻、艦隊の発砲――。


「今夜、国際連盟は緊急安保会議を開きます。ヴァルネアとオルグラ間での停戦協議が――」


司会者の言葉が途切れた瞬間、外から轟音が響いた。

ガラスが震え、照明が一瞬だけ揺らぐ。

次いで、インカム越しにディレクターの叫びが飛び込んでくる。


『速報! ヴァルネア軍がオルグラ国境を突破、首都までわずか300キロ地点に到達! これは実質的な開戦です!』


スタジオ内が凍りつく。

セリルは反射的にカメラを掴み、扉を押し開けた。

夜空に遠雷のような爆音が響き続けている。


取材車に飛び乗りながら、彼は低く呟く。

「……核は、もうない。だが、戦争は近い」

その声は、サイレンと爆撃音にかき消された。


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