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第1話 静かなる祝宴

冬の陽光がガラス張りの高層ビル群を黄金色に染めていた。

 国際都市リュミナ・シティ。かつて幾度も戦争の火種となったこの地は、いまや「世界の心臓」と呼ばれる場所だ。

 今日、この街は歴史の節目を迎えている。


 広場の中央に設置された巨大スクリーンには、国際連盟本部の式典が生中継されていた。壇上には各国の首脳が並び、代表者がゆっくりと署名を記す。

 ペン先が紙を走る音は聞こえない。それでも、この瞬間の重みは誰の胸にも届いていた。


 ――核兵器完全廃絶条約、NFA(Nuclear Free Accord)。

 長く続いた駆け引きと交渉の果てに、ついに全世界の核弾頭が解体され、最後の核施設も封鎖されたのだ。


 広場の群衆は歓声を上げ、拍手が波のように広がった。子どもたちは色とりどりの風船を空に放ち、教会の鐘が祝福のように鳴り響く。

 花火が昼の空に咲き、ビルの谷間を彩った。


 その喧騒の中、セリル・カインは記者用の通路でカメラを肩に構えていた。

 38歳、戦場取材歴15年の国際ジャーナリスト。彼は今、この歴史的瞬間を記事に収めようとしていた。

 だが、指先はカメラのシャッターから離れがちだった。視線は祝賀ムードにではなく、その背後に潜む「静けさの揺らぎ」に向いていた。


「カインさん、最高の一日じゃないですか!」

 隣で若いカメラマンが笑顔を見せる。

「人類はやっと、あの悪魔を追い出したんですよ」


「……ああ、そうだな」

 セリルは曖昧に返事をし、レンズ越しに広場を眺めた。


 その時、背後から低く渋い声がした。

「お前、まだあんな顔をしているのか」


 振り返ると、そこに立っていたのは元戦略司令部の将官、マルコ・エルスだった。

 白髪混じりの短髪に深い皺、軍服ではなく地味なコート姿。それでも、一歩近づけば戦場の空気がまとわりつく男だ。


「マルコ……。退役したはずだろう」

「退役しても、世の中は俺を戦場から遠ざけてくれないらしい」


 ふたりは群衆のざわめきを背に、広場の片隅へと歩いた。

 マルコはポケットから煙草を取り出しかけ、すぐにそれを握りしめてやめた。


「……カイン。核がなくなったから平和になる、なんて夢物語だ」

「……式典の真っ最中に、それを言うのか」

「言うさ。核の傘が消えた瞬間から、世界はただの“剣と盾”の時代に戻る。今度は通常兵器で均衡を取るしかない」

 マルコの声は、冬の空気よりも冷たかった。


 セリルは返す言葉を探したが、群衆の歓声がそれをかき消した。

 スクリーンの中で、各国の首脳が握手を交わし、笑顔を見せる。


「この笑顔が、いつまで続くかだな」

 マルコはそれだけ言い残すと、人混みに紛れて姿を消した。


 その背中を見送りながら、セリルはふとカメラを下げた。

 ファインダー越しに見ていた世界が、現実よりもずっと遠くに感じられた。


 花火の残響が、胸の奥に鈍く響く。

 今日の祝宴が、嵐の前触れにならないことを祈りながら――。


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