追放じゃなくて、平民聖女のあたしを評価してくれてるみたい
――――――――――カレーファ王国王宮にて。エルリック第一王子視点。
側近であるテルの報告を聞く。
「どうだ?」
「噂は間違いないですね。隣国ケルテスの王太子イーレン殿下は、婚約内定者である聖女ツバサを嫌っております」
「そうか。よし」
我が国カレーファと隣国ケルテスは交流が深い。
良き隣国といった関係だ。
同い年のイーレン殿とはたまに会ってるから、どんな性格だか把握しているつもりではあった。
高貴で華美なものを好むイーレン殿は、平民聖女ツバサとは合わないと思ったんだ。
ケルテスでは聖女が現れると王族が娶る風習がある。
一般に聖女は慈悲と恵みを司る、神にも比するほどの強大な魔力を持った女性を指す。
数十年に一度現れるか否かくらいの存在だ。
国力の面で手放せないから、王家に取り込むのは当然といえば当然。
しかしイーレン殿が聖女ツバサを婚約者としないなら、それはそれで問題だろう。
聖女ツバサを婚約者とした者が次代のケルテス王と見られるのであろうから。
そのジレンマを解決する手段は我が国カレーファにあるが……。
「で、件の平民聖女ツバサの実力はどうだ?」
「調査報告書をどうぞ」
「……何だ、これは?」
「御覧の通りです。ぐうたら聖女です」
ほとんど実績がない。
式典の時に祝福を飛ばすくらい。
ええ? どういうことだ?
「……ケルテスには我が国のように治療院はないのだったか?」
我が国では癒しの術を持つ者を国で雇い、国営の治療院で働いてもらっている。
聖女もまた癒しの術に長けているので、治療院があれば奉仕すべきだと思う。
「ありませんね」
「ふうん。平和な国だ」
我が国は魔物被害の多い国だ。
治療院を運営するのは、癒し手の洗い出しや技術向上の面もある。
魔物の少ないケルテスはそんな必要もないのだろうな。
なるほど、聖女が暇しているわけだ。
「報告書の二枚目を御覧ください」
「二枚目?」
といっても数字ばかりで何のことやらわからないのだが。
「これは聖女ツバサの推定魔力量その他のデータなんですよ」
「ふむ?」
「自分も数字の羅列じゃ全然わからないのですが、宮廷魔道士長に見せたら驚いていました。過去の聖女と比べてもちょっといない、非常に高い数値だと」
「ほう、つまり聖女ツバサは現在働いていないが、潜在能力はかなり大きいと考えていいんだな?」
「と思います。殿下、どうします?」
「作戦を実行に移す」
何の作戦か?
実は我がカレーファにも聖女がいるのだ。
ホリングワース公爵家の令嬢で、名をミルティアという。
煙るような微笑が妖精にも例えられる、世にも美しい令嬢だ。
これ以上ない高位貴族でしかも聖女。
オレの婚約者候補筆頭とされている。
が……。
「ミルティア嬢はとんでもない美人じゃないですか」
「そこは否定しない」
「明らかに殿下に惚れてますし」
「いや、ミルティアは王妃になりたいだけだ」
オレはミルティアのことをよく知っている。
将来の婚約者候補として、幼い頃から意識せざるを得なかったからな。
ミルティアは美しいがそれだけ。
俗物だし頭もそこそこ。
皆外見と身分と優雅な所作、加えて聖女であることに幻惑されているだけだ。
凡人を遥かに凌駕する魔力は取り柄だが、それでも聖女としての実力は下の中と聞いている。
治療院で奉仕することもあるが、嫌々らしい。
平民人気を得るために態度に出すなというのがわからんのだろうか?
オレの妃としては器量を疑問視せざるを得ない。
しかし美しいことは事実なのだ。
ミルティアをケルテスに送り込み、代わりに能力のある聖女ツバサを引き取ることを考えた。
聖女のトレードだ。
イーレン殿は以前、ミルティアの美貌に目を奪われていた。
同じ聖女なら、絶対に平民のツバサより公爵令嬢ミルティアの方が婚約者に相応しいと考えるに違いない。
また権力志向のミルティアも、ケルテスの王妃となれるならば文句はないだろう。
オレがミルティアをもう一つと見ていることくらいは、さすがに気付いているだろうし。
父陛下もミルティアを、また驕る傾向のあるホリングワース公爵家をあまり評価していないしな。
そして不要になった聖女ツバサを我が国カレーファに寄越すということに、ケルテスは特に反対しないと思われる。
問題は聖女ツバサの能力だ。
要するにカレーファの思惑としては、聖女ツバサに力を存分に発揮してもらい、魔物を駆逐し耕作可能面積を増やしたいのだ。
それがカレーファの発展のため、聖女に求めること。
下の中聖女ミルティアでは果たせないことなのだ。
ケルテスの平民聖女ツバサがズボラな性格だとしても、少なくとも能力はあるらしい。
だったらミルティアと交換しても、カレーファ王国としては惜しくない。
あの打算でくっついてくるミルティアと離れられるのもいいことだ。
「まずイーレン殿とケルテス王国の意思を確認しよう。飛びついてくるだろうがな」
◇
――――――――――ケルテス王国王宮にて。王太子イーレン視点。
「何とな?」
隣国カレーファのエルリック殿から親書が届いた。
遊びに来いという話かと思ったら、互いの国の聖女の交換という奇想天外なアイデアが書いてある。
……なるほど、僕が聖女ツバサを気に入ってないことに、エルリック殿は気付いていたのか。
このままだと僕はあの平民を娶らざるを得ないから。
さすがエルリック殿だな。
カレーファの聖女と言えばミルティア・ホリングワース公爵令嬢だ。
去年舞踏会で見かけ、一曲踊ったからよく覚えてる。
瞬きすることを忘れるほど、たおやかで美しい令嬢だ。
あの時ミルティア嬢がエルリック殿の婚約者候補ナンバーワンだと聞き、納得すると同時に何と羨ましいことかと思ったものだ。
あれほど華のある令嬢を妻とすることができるなんて。
僕の婚約者は平民になることがほぼ決定だったのに。
しかしどうしてエルリック殿は聖女交換などと言い出したのか?
あの美しき聖女と仲違いでもしたのだろうか?
ふむふむ、血が近いからという懸念が一部から出ている?
なるほど、そういうことか。
かといって公爵令嬢の聖女を家臣に嫁がせたりしたら、王家の求心力が低下するものな。
僕も聖女を娶らないと王にはなれないと、側近や教育係に散々言われている。
もし僕が聖女ツバサを婚約者とせず、弟の誰かに取られるようなことがあれば、国を割る事態になりかねない。
それだけ聖女の影響力は大きいのだと。
しかしここで聖女トレードというアイデアが浮上してきた。
ミルティア嬢だって聖女には違いない。
婚約者とすれば僕の王太子の地位は揺るがないだろう。
エルリック殿、というかカレーファ王家の窮余の一策なのかもしれないな。
カレーファも聖女ミルティア嬢をどう扱うか、苦慮しているのだろう。
でなければあれほど美しく、しかも聖女のミルティア嬢を放出しようとするはずがないじゃないか。
聖女ツバサ?
癒しの腕は確かだと聞いている。
顔は可愛いと言えなくもないが、平民でとにかく無礼だ。
僕の婚約者になりたいのなら、礼儀くらいわきまえろと言いたい。
僕の隣に全く相応しくない。
あんなのを美の化身ミルティア嬢と交換してくれるなんて、カレーファ及びエルリック殿には感謝しかない。
美しいだけでなく、公爵令嬢なら平民より確実に僕の後ろ盾になり得るしな。
またカレーファとのより良い修好も期待できる。
いいことばかりだ。
早速父上と相談し、賛成の方向で返事をせねば。
◇
――――――――――カレーファ王国ホリングワース公爵邸にて。ミルティア視点。
「……というわけだ」
お父様が王家から来た手紙の内容を噛み砕いて教えてくれました。
わたくしを隣国ケルテス王国の王太子イーレン殿下の婚約者として推薦したいがどうか、とのことでした。
「どういうことですの? わたくしはいずれエルリック様の妃になるつもりでおりましたのよ?」
「血が近過ぎるという意見が出ているらしい」
「ああ」
元々ホリングワース公爵家は王家の分かれで、さらにわたくしはエルリック様の従妹ですものね。
特にエルリック様の婚約者を狙う有力貴族家からそうした意見が出るのは、十分考えられることでした。
「でも今頃になって……」
「ミルティアは聖女だ。エルリック殿下の婚約者を巡る争いでは、圧倒的なアドバンテージと言える。だが殿下に食い込もうとする貴族家が連合して、近親であることを理由にミルティアの追い落としを謀っているのだろうな。王家も無視できないのだと思われる」
「まあ、意地悪なことね」
「しかし王家もまたホリングワース公爵家を軽視できないから、友邦ケルテスの王太子イーレン殿下はどうだ、と仲介したいのではないか?」
「つまり王家はうちとケルテスの両方にいい顔がしたいのですね?」
「そうだ」
頭のいい方策に思えますね。
イーレン殿下とは一度夜会で躍ったことがあります。
スマートな貴公子でしたわ。
「既にケルテス王家の内諾は取れている。特にイーレン王太子殿下はぜひともと言っているそうだ」
「まあ、情熱的」
「ミルティアの希望を聞こうか」
わたくしは賛成ですわ。
他国に行くのは心細い気もしますが、イーレン殿下は王太子ですものね。
わたくしは確実に王妃になれるではありませんか。
「わたくしよりも、お父様としてはどう考えていますの?」
「面食らったことは確かだな。ただゴリ押ししてミルティアをエルリック殿下の婚約者にというのは難しい情勢だ。陛下は貴族間の関係にひびを入れることを望まないであろう。ここは素直に従いカレーファ王家に恩を売りつつ、ケルテスに繋がりを持つべきではあるまいか」
「ですよね」
「ケルテスとの交易に強い商家に出資する手もあるな。どうだ?」
「はい、わたくしはケルテスにまいります」
お父様が満足そう。
「聖女のミルティアのケルテス行きが決定ならば、人的補償としてケルテスの聖女をカレーファに迎えることになるそうだ」
「ケルテスの聖女……聞いたことはありますね。どんな方でしたっけ?」
「よくは知らんが平民だという話だな」
平民ですか。
では本当に人的補償の意味しかなさそう。
「王家には承知したと返答しておくぞ」
◇
――――――――――ケルテスとカレーファの国境地点にて。平民聖女ツバサ視点。
飛行魔法を使い、街道沿いにびゅーんとカレーファを目指す。
あーあ、事実上の国外追放処分だわ。
イーレン殿下に嫌われてることは知ってたけど、聖女トレードなんて奇抜な手段を編み出すとはなー。
殿下思ったよりはバカじゃなかったわ。
生まれ故郷から追い出されるのは思うところあるけど、カレーファ王国は魔物が多いって聞いてる。
あたしの故郷の山みたいに、おいしい草食魔獣もいるかな?
そこんとこだけちょっと楽しみ。
公爵令嬢で聖女のミルティアさんか。
すごく奇麗な令嬢だったなあ。
イーレン殿下の鼻の下がメッチャ伸びてたわ。
すぐに婚約発表してたけど、何かあたしが失格って言われたみたいでちょっとやるせない。
聖女の交換は人的補償って意味があるんだって。
でもあたしなんか、ミルティアさんみたいな美人の代わりにならないよ。
カレーファ王国が怒っちゃったらどうしよう?
あたしのせいじゃないけどごめんなさい。
国境の関が見えた。
フワリと着地する。
「こんにちはー。聖女ツバサ参上!」
「おお、ツバサ嬢か。待っていたぞ。オレはカレーファ王国第一王子エルリックという者だ」
「えっ?」
エルリック殿下と言えば、次期カレーファ王に一番近い人でしょ?
あの美人のミルティアさんの婚約者候補だったという。
何でこんなド田舎にいるのよ?
「こちらはオレの側近のテルだ」
「よろしくお願いします」
「あのう、殿下は何か用があって国境まで来ているの?」
「ツバサ嬢が今日来るという話だったからな。いやあ、実に見事な飛行魔法を見せてもらった。あれだけで来た甲斐があったな」
ええ?
馬車でこんなところまでって、いくら街道でも半月くらいかかるんじゃないの?
「あたしのために来てくれたの?」
「当然ではないか。待望の聖女らしい聖女だからな」
「ええと、あたしって、人数合わせのためにカレーファに来たんだよね?」
王子がわざわざ来てくれるなんて嬉しい。
あたしをツバサ嬢って呼んでくれるのも。
でも勘違いしちゃいけない。
あたしはあくまでおまけなんだから。
エルリック殿下とテルさんが顔を見合わせている。
「……ツバサ嬢は人数合わせと聞いているのか」
「いや、殿下。却って都合がいいですよ」
「かもな。しかしツバサ嬢は真実を知っているべきだ」
あれ? 複雑な事情があるのかな?
「食事でもしながらゆるりと話そうではないか」
「御飯か。この辺りって草食魔獣いるよね? 気配があるもん」
「街道から外れた山手には魔物がいるからと、注意を受けたな」
「狩ってくるよ。お肉調達してくる」
「ほう? ツバサ嬢は魔物狩りが得意なのか?」
「得意だよ。あたしは元々魔物の多い山岳地帯に住んでいたから」
何でエルリック殿下とテルさんは喜んでるんだろ?
魔物を食べるなんて野蛮って言うかと思ったのに。
わけがわからんな?
「魔物狩りにオレとテルを同行させてもらえないか?」
「いいよ。じゃあ認識阻害の術をかけるね。魔物の不意を突けるんだ」
「なるほどな」
「じゃあ行くよ。留守番の人は大きい釜に湯を沸かしといてくれる?」
飛行魔法をかけて、足音を立てずに山手へ。
感知魔法を併用すれば、すぐ狩れるわ。
――――――――――三〇分後。
「たっぷりの肉に食草か」
「野趣に溢れていて実に美味いですねえ」
「えへへー」
ばばっと草食魔獣を狩ってお肉にして煮て、さらに食草を放り込んで塩で味付けただけ。
こんなんでも故郷では御馳走だったなあ。
懐かしい。
王子様に食べさせるものじゃなかったかもしれない。
でも皆喜んで食べてくれてるの。
「携帯食には飽き飽きしていたところなのだ」
「よかった」
「見事な魔物退治の技でしたねえ」
「うーん、聖女として都に行ってからはやってなかったんだ。腕が鈍ってないのは確認できたな」
「素晴らしい」
「えへへー。あたしはカレーファで何をすればいいのかな? ケルテスの都では特に何もしていなかったから、居心地悪くて」
「そうだったのか」
「ツバサ嬢はぐうたら聖女だって報告が入ってたんですよ」
「ええ?」
何の仕事も振られなかっただけだよ。
ぐうたらはひどいなあ。
「イーレン殿の指示で、ツバサ嬢に仕事をさせなかったのかもな」
「どういうこと?」
「ケルテスでは、聖女が現れたら王族に嫁ぐのが普通だろう?」
「うん、そう聞いた」
だから都に来いって言われた。
「一番年回りが合うのはイーレン殿だ。また聖女人気を統治に利用するという観点なら、ツバサ嬢は王太子イーレン殿の婚約者であるべきだった」
「わかるわかる」
「ただイーレン殿の好みは令嬢らしい令嬢なんだ。ツバサ嬢はイーレン殿の好みからは外れていると思う」
それもわかってた。
とゆーか面と向かって平民風情がって、しょっちゅう言われた。
「ツバサ嬢が活躍して市民の人気を得ると婚約せざるを得ないから、何もさせなかったんじゃないか?」
「ええ?」
あたしと婚約したくなかったから働かせなかったかもしれないの?
あたしを迎えるのも税金使ってるんでしょ?
その分くらいは働きたかったなあ。
マジで肩身が狭いよ。
「エルリック殿下はツバサ嬢が能力はあるのに仕事を振られていないのを知って、狙いを定めたのですよ」
「狙い? あたしを?」
「つまりツバサ嬢が欲しかったから、イーレン殿が食いつきそうなミルティア・ホリングワース公爵令嬢と交換を持ちかけたのだ」
「えっ? イーレン殿下がミルティアさんを好きだったから求婚して、代わりにあたしがカレーファ行きになったんじゃないの?」
「違う。逆だ」
エルリック殿下とテルさんは大真面目だぞ?
じゃああたしがカレーファ王国に求められたってことなの?
何だか嬉しいな。
「あたしの何を買ってくれたのかな?」
「まずカレーファの現状を知ってもらおうか」
「簡単に言うと、カレーファはケルテスに比べてうんと魔物が多いのですよ」
「うん、聞いたことある」
「カレーファの発展のためには魔物退治が欠かせないのだ。例えば魔物が多く手をつけられない地域の平野部の一割を耕地化できれば、二割の経済成長が見込めるという試算がなされている」
「そんなになんだ?」
魔物にもおいしいやつがいるけど、耕地化すれば確実に御飯にありつけるもんな。
「つまりあたしは魔物退治に期待されてる? 任せて。得意分野だよ」
「正確に言うと、期待していたのは聖女らしい回復魔法だな。魔物ハンター隊に加わってもらって、隊員の安全度を高めたかった」
「なるほどー」
「でも先ほどのツバサ嬢の鮮やかな技を見てしまいますとね。ハンターの指導に当たってもらった方がいいのかと」
「む? あの技はツバサ嬢の魔力ありきだろう?」
魔法はともかく、魔物退治に基本はある。
カレーファの魔物ハンターのレベルは知らんけど、本職が基本を外してるとは思えないけどなあ?
むしろ……。
「あたしはあんまり暇だったから、宮廷魔道士のところに出入りしててさ。たくさん魔法を教わったんだ。魔力の必要な実験を手伝うのと引き換えに」
「ほう?」
「意識が高いですね」
「魔物退治に必携の魔道具のアイデアもいくつか出たんだよ。試作品は作られたけど、予算の関係で実用化はされなかった」
「魔物被害の少ないケルテスでは必要なかったのかもな」
「仕組みは覚えてるから、カレーファで作っていい? 魔物退治の効率と安全性が格段に上がると思う」
「歓迎だ!」
やったあ!
カレーファいいところだな。
あたしに合ってるわ。
「王都帰還が楽しみだな」
「早く帰りたいですねえ。いろんな物事がいっぺんに動き始める気がしますよ」
「急ぎなら馬車じゃなくて、あたしの飛行魔法で飛んでいかない? 地図見る限り、三時間くらいで着くよ」
「じゃあ頼む」
飛行魔法でびゅーん。
◇
――――――――――一年後。
ケルテスからやって来た平民聖女ツバサの名はすぐに知れ渡った。
何故なら毎日治療院に顔を出すから。
古傷でも治ると大評判になった。
「いいかな? こーゆーのはただ闇雲に回復魔法かけたって効果が薄いよ。正しい人体のあり方をイメージしてね。解剖学の本を置いてくから」
「「「「はい!」」」」
癒しの術の効果が高まったため、癒し手達のやる気が向上した。
元々治療院は大ケガしても安価で治すという施設だったが、患者の数が増えたため収支は黒字に転換した。
癒し手達にボーナスが支給され、ますます士気は上がった。
「じゃーん! 三つの魔道具を開発したよ。それぞれブレードの切れ味を増加させる付与魔法、遠距離から魔弾を撃つ魔法、回復魔法の効果だよ。魔力の充填の仕方が慣れないと難しいから教えるね」
宮廷魔道士達と魔物狩りに役立つ魔道具を開発し、ハンター達に支給した。
魔力は誰もが持つものであったが、ハンター達は魔法を使える者にしか関係がないと思っていたのだ。
魔道具が導入され、その便利さが周知されると、ハンター達の意識が変わった。
「魔物退治って命がけだったろ? 依頼を請けて増え過ぎた魔物を退治すること自体が目的だったけどよ。簡単に狩れるなら毛皮や肉目当てでもいいじゃねえか」
「そーなんだよ。結局魔素の湧くところだと魔物も湧いちゃうから、完全に狩りつくすことはできないんだよね」
「いつでも肉を調達できるってことじゃねえか。好都合だぜ」
「魔石も取っといてくれる? 売れるようになると思う」
「マジか!」
「うん。今後魔石を使った魔道具が発達しそうなんだ」
商業的な魔物ハントが始まる。
それは同時に魔物の脅威が数分の一に減少したことを意味した。
耕作地は広がり、またハンターの数も増えた。
後の歴史書は、カレーファの高度成長時代は聖女ツバサの参着とともに開始したと伝える。
それは完全な事実であった。
飛行魔法を駆使してあちこちに顔を出すツバサは『フライング聖女』と呼ばれた。
「面白いことに、現在ケルテスにいるミルティア嬢も『フライング聖女』と呼ばれているそうなのですよ」
「ほう?」
「ミルティアさんも飛行魔法使えるんだ?」
「そうではなくてですね。まだ婚約中にも拘らず、妊娠されたそうで」
「ハハッ、そういうフライングか」
「おめでとうございまーす」
エルリックとツバサも婚約の運びとなった。
カレーファ王国を先導する聖女ツバサの実力は誰もが理解していた。
平民ではあったが反対意見など出なかった。
「イーレン殿下とミルティア嬢は前倒しに結婚、式典は出産後だそうです」
「来年にはオレ達も結婚だな」
「あたしなんかが殿下の婚約者って、何か悪いみたい」
「全くそんなことはない。ツバサの実績は揺るぎないし、大体可愛いしな」
「えへへー」
エルリックはツバサの積極性と能力、素朴さを愛した。
ツバサは自分を活躍させてくれたエルリックに感謝していた。
テルは二人を似合いだと思った。
「殿下はフライングしないでくださいよ。みっともないですから」
「しないわ!」
「あははは! でもぎゅっとしてもらいたいの」
「む? ではぎゅっと」
ツバサは思う。
あたしの聖女の力は、カレーファ王国とエルリック様のためにあったんだなあと。
平和と幸福の鐘が鳴る。
そんな時代はもうすぐだ。
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