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完結です。
「お父様」
夕食後にシャーリンは父親に声をかけた。
「うん?どうした?」
「ダニエル様との婚約は解消しても問題ありませんか?」
シャーリンの発言に席を立とうとしていた母親も、兄も、姉も座りなおした。
「仕事上の関係はあるが、特別な契約をしているわけではないから問題はないが・・・」
「どうしたの?何があったの?」
「シャーリン、あいつに何かされたのか?」
「シャーリン、切れるのが遅いわよ、我慢強いにもほどがあるわ」
姉だけはシャーリンの悩みを見抜いていたようだ。
シャーリンは家族に今までの出来事を話した。
「ダニエル様は悪い人では無いのでしょう。
でも、貴族として周囲が全く見えていない、情報を得る交友関係が築けていない点で頼りないです。
何より、婚約者がいるのに他の女生徒とベタベタしたり、愛称を呼ばせている時点で無しですわ」
「うわ、最低」
「殴ってやればいいのに」
「まあ婚約して日も浅いですから、多少は仕方がないとはいえ、私の話を聞くでもなく私が悪いと決め付けてくる点で私を婚約者と思っているだけで、私自身を信用しているわけではないのだという事もわかりましたし。
何より、あの女の挑発的な態度にイライラするのに疲れてしまったの。
イライラ解消のために沢山のクラブに入会してしまったわ」
「シャーリン、お疲れ」
姉がそう言ってシャーリンの頭をなでてくれた。
兄もシャーリンの側に来ると背中をポンポンとたたいてくれた。
両親は黙ってシャーリンの話を聞いてくれた。
そして、結果としてダニエルとの婚約は解消することに決まった。
先ぶれを出し、週末にダニエルの家に婚約解消の申し入れに両親と3人で行った。
婚約解消についての理由は事前に手紙で知らせてある。
知らないのはダニエルだけだ。
「どうしてだよ、シャーリン、俺の事が嫌いになったの?」
全員が席について書類を出した開口一番にダニエルがそう言った。
「いいえ」
「ならばどうして?」
「ダニエル様、今学園で『男女の友情はどこまで許せるか』というテーマを話し合うことがされておりますが、ご存じでしたか?」
「ああ、なんだか聞いたような気もする」
「周囲の事に鈍感すぎるのではないですか?」
「何!」
「学園は社交界の縮図です、周囲の情報を手に入れるのは当たり前の事です。
それをあなたは同じ人とばかり交流をして、視野を狭めてばかり。
しかもリリカ様を盲目的に信じて、せっかくの交流の機会を逃す始末」
「・・・・」
「しかも『男女の友情はどこまで許せるか』というテーマで盛り上がる最中に、友人だからと言ってベタベタしたり、愛称を呼ばせたり、有りか無しかで言えば、無しですわ」
「無しだよな」「無いわ~」「息子よ、それは無いわ」「無しに決まっとるだろうが馬鹿が」
それぞれの両親もダニエルにダメ出しをした。
「そんな」
「そういう事ですので。
先ほどのご質問の嫌いになったのか?の返事は、婚約者として多少好感を持っておりましたが、今更別に嫌いになった訳ではないのでいいえです。
ですが、好きか?と聞かれたら、無理です、としか」
「無理・・・」
「ええ」
「無理・・・」
ダニエルは魂が抜けたような顔になった。
その後は粛々と婚約解消の書類を交わし、多少ではあるが慰謝料をもらうことになった。
「シャーリン嬢には迷惑をかけたから、愚息が申し訳なかった」
ダニエルの父親がそう言って頭を下げてくれた。
その後、学園でダニエルはリリカと距離を置いたらしい。
乗馬クラブにも入会したそうだ。
他のクラブにも見学に行ったりして、見聞を広げ、人脈を作ろうとしているらしい。
リリカは相変わらず令嬢とは会話をしない態度でいたのだが、ダニエル達以外に彼女と一緒に行動してくれる奇特なグループはないようで、一人ぽつんとしている。
「私乗馬とか剣術が好きなんですけど、他の令嬢と話が合わなくて浮いてしまって独りぼっちなんです」
と言ってすり寄るのだが、
「へーだったらクラブに入ったらいいじゃないか」
と言われ、
「以前見学に行った時に意地悪をされてしまって・・・」
と泣いて見せたのだが、どんな意地悪をされたかと聞かれ、少し誇張して話したところ
「君か、クラブに来たけど自己紹介もしない、馬も見ないで帰ったわがまま令嬢は」
「あ、剣術好きだという割に剣術の会話が何一つできなくて子供みたいに泣きわめいた令嬢か」
噂になっているようで、リリカに同情してはくれなかった。
シャーリンは相変わらずクラブ活動に忙しい。
最近は討論クラブで討論を交わした公爵家の嫡男と仲がいいらしい。
だが、社交クラブの伯爵家次男、読書クラブの辺境伯三男、刺繍クラブの子爵家嫡男とも仲良くしているという。
他にも計算クラブ、ボランティアサークル、護身術クラブにも彼女の友人はいるようだ。
乗馬クラブや剣術クラブにもたまに顔を出しては、関連した書物の事で盛り上がるという。
婚約者はまだいない。
釣り書きは父親の所で積み上げられている。