【短編コミカライズ】女友達だと思って愚痴っていた相手が、実は次期公爵様(美男子)だった件
「はーーーーー……」
麗らかな午後の澄んだ雲一つない青空の下……に似つかわしくない盛大なため息を一つ吐いた私の目の前で、大事な女友達・エリィが苦笑交じりに尋ねる。
「今日も盛大なため息を吐いているね?」
「それはそうなるわよ。全く、どこまでも嫌味なやつで嫌いなのよ!」
「結婚予定のお相手のこと?」
エリィの言葉に頷き、腕組みをする。
「そうよ! 私のこん……結婚する予定の相手がね、どうやら私のことを家族や友人達の目の前でこっぴどく振ろうとしているって噂なの。誰が流したのだか知らないけれど、本当腹立たしいわ!」
「それは大変だねぇ……」
「……人の話、聞いている?」
「もちろん、聞いているよ。あ、このケーキ凄く可愛くて美味しい! ミリィも食べてみて」
「……やっぱり聞いていない」
と文句を言いつつ、エリィの計らいで私のフォークに載せ目の前に差し出されたケーキは、確かに可愛くて美味しそうで。
ついいつものように口を開けてそれを受け入れてしまう。
そんな私を見て、エリィがにこっと笑って問う。
「どう?」
「〜〜〜っ、おいしい!」
「ふふ、良かった。嫌なことがあったら可愛いものに癒されて、甘いものを食べるのが一番! でしょう?」
「っ、エリィ……」
エリィは私の大事な親友。
3年前、城下で可愛いものを物色していた時に出会い、意気投合。
エリィは城下に住んでいる平民なのだとか。
というのも、お互い素性を深く語ることはない。
だって私は。
(伯爵令嬢だから)
貴族は基本、城下に訪れる際はお忍びで訪れ、身分を明かすことはない。
そのため、私も素性を隠してエリィと出会っているから、エリィも何となく察してくれているのか、暗黙の了解ということで根掘り葉掘り詮索してこない。
それでも、女同士ということと、エリィは聞き上手だからつい愚痴を溢してしまうこともあって。
(その例が、私の婚約者の話題)
エリィには幼い時から決まっている結婚相手がいると伝えている。
婚約者、なんて言ったら貴族と疑われかねないから。
最初は婚約者の話などするつもりはなかった。
けれど、丁度エリィに出会った時くらいから、婚約者の当たりが冷たくなって、しまいには他の女性と一緒にいるところを何度も目撃し、挙げ句の果てにはデビュタント以降の夜会でエスコートもしてはもらえず……と、社交界で専らの噂となった私は。
(ここ以外に愚痴れないのよ……っ)
「ミ、ミリィ? 大丈夫? 顔が怖いよ?」
エリィの指摘にいけない、と叱咤し、頬を叩けばエリィはギョッとしたような顔をする。
「きゅ、急にどうしたの!? そんなに強く叩いたら頬が赤くなってしまうよ!? 痛くない?」
そう言って私の頬に手を伸ばしてくれた彼女の優しさに、怒りも悲しみも不思議なことに全てが安堵に変わる。
私はエリィの手にそっと触れると、笑みを溢した。
「心配してくれてありがとう。エリィがいてくれるから大丈夫よ」
「? ……?」
エリィは私の言葉に一度考える素ぶりをしてから、やっぱり分からないと首を傾げるものだから、心配してくれているのに申し訳ないけれど、小さく笑ってしまったのだった。
……なんて、現実逃避をしていてもその時は来てしまうわけで。
「ミリア・セルトン! お前のような女と結婚などお断りだ! 婚約は破棄させてもらう!」
(あー……、ついに来たわね。この時が)
分かっていたことだから驚かないけれど、とんだ醜聞だわ。
それも、ご丁寧に今宵は婚約者主催の夜会、つまり公衆の面前で婚約破棄、ね……。
そっと自身の格好を見やれば、婚約者の瞳の色のドレスが目に入る。
(……とはいえ、予想はついていたわ。最近になってドレスが贈られてきたことは一度だってなかったのに、今日いきなりドレスが贈られてきたものだから)
彼のことが好きな厚かましい女を演じさせ、最初から皆の前で恥をかかせるつもりだったのね、と確信し、怒りで拳が震えるのを感じながら前を見据えて笑みを浮かべる。
「どうして、婚約破棄などと仰るのです?
今までそのようなお話を耳にしたことはございませんでしたが」
「しらを切るつもりか!」
「……は?」
思いがけない言葉に一瞬素の自分が出てしまった私は淑女失格ね、と穏やかでない心を必死に誤魔化しているというのに、婚約者はどこまでも神経を逆撫でしてくる。
「分かっているんだぞ! お前が裏で彼女に嫌がらせをしていたことを!」
そう言われて初めて、婚約者の背に庇われるように隠れている女性の存在に気が付く。
(あぁ、いたのね。全く気が付かなかったわ)
思わず白い目を向けた私に、見たこともないその女性は婚約者に分かりやすくしなだれかかる。
「あの目です! あの目でミリア様は私を見てくるんですぅ……!」
「かわいそうに。私がいるからにはもうあの悪女に手出しはさせないからな」
(悪女って、もしかしなくても私のこと?)
そう思った私と目が合った女性が、こちらを見てクスッと笑う。
貴方の隣にいるその女性の方が余程悪女ですが!?
と突っ込みたくなるのをグッと我慢し、違う言葉を発する。
「何か勘違いをなさっているようですが、私は何もしておりません。
どこにそのような証拠が?」
「証拠ならここにいる彼女の言葉が何よりの証拠だ!」
「……お言葉ですが、彼女のお話だけでは証拠不十分かと。時間、場所、その他証人などがいなければ口先だけは何とでも言えますし」
「……分かったぞ! お前が罪を認めない理由が!」
「は??」
またしても素が出てしまった私に、彼はふんぞり返って口にする。
「俺との婚約を、そんなに破棄したくないんだな!」
「…………」
(あ、頭が痛い……)
言葉が通じない、お頭が弱くていらっしゃる婚約者には、そろそろ夢から覚めて現実を見てもらわなければ。
この場を収めるにはそれしかない、と予めこうなることを想定していた私が意を決して口を開こうとした、その時。
「これは一体何の騒ぎ?」
「「……!」」
この声は。
ハッと息を呑み、見上げた先にいたのは、いつも街中でしか会うことの出来ない大切な女友達の姿で。
その姿を目にした瞬間、一瞬にして現状を忘れ、嬉しくなって名前を呼んだ私と、たった今婚約破棄を叫んだ元婚約者の声が重なる。
「エリィ!」
「エリク・クラルティ!?」
「「え……??」」
私と婚約者が顔を見合わせる。
「エリク・クラルティ……?」
「お前、いつの間にそんなに親しくなっているんだ!?」
婚約者が喚いているけれど、そんなことはどうでも良い。
(クラルティ? エリク・クラルティって……、まさか!)
息を呑んでいる間にこちらに近付いてきた彼女……、いえ、今はどこからどう見ても男性の姿をしている彼は、銀色の長い髪をさらりと揺らし、金色の瞳に私を映してにこりと笑った。
「この姿では初めましてだね。クラルティ公爵家嫡男のエリク・クラルティと申します。
以後お見知り置きを」
そう言って優雅にお辞儀をする姿は、まさしく公爵家の嫡男という品格を感じさせる、優雅な出立で。
「!? エ、エリィって、だ、男性、だったの!?」
「っ、ごめんね。騙すつもりはなかったんだけど」
「〜〜〜!?」
本気で驚いている私を見て笑いを堪えている彼に、そういえばと噂を思い出す。
(エリク・クラルティって勉学、武術全てにおいて天才でありながら、あまり表舞台に姿を現さない変わり者、なんて聞いたことがあったけれど……!)
エリィが男性、それもクラルティ公爵家の嫡男だったなんて!
と今まで女友達として気軽に接していた自分を思い出し、羞恥で身悶えていると。
「申し訳ございませんが、ミリアとどういったご関係ですか? まさか、私という婚約者がありながら、彼女は貴方と密会していたと?」
「み……!?」
信じられない言葉をエリィ、じゃないエリク様に向かって吐かれたと、無礼にも程があると怒ろうとした私を制すように、エリク様は私に向かって手を上げて言った。
「彼女のこの反応を見ての通り、彼女は私が男であることを知らずに付き合ってくれていた。
あぁ、安心してくれ。君と違って、私には証人がいるよ。
城下でお茶をする私達を見守ってくれた彼女と私の護衛達、それから」
エリク様は後ろを見やってから口にする。
「君の両親と彼女の両親……、つまりそれぞれの伯爵夫妻全員が二人の行動を認識している」
「「!?」」
(わ、私の両親が私と婚約者の行動を知っていた!?)
どうして、と驚く私をよそに、エリク様は口角を上げ声高に告げる。
「君の悪事は全てお見通しだよ。ミリア嬢には聞かせたくない、不特定多数との女性関係の数々。これが面白いことに……、いや、私としては全く笑えないんだが、私が探るために女装していた時も、そんな私を男だと気が付かずに近付いてきたね?
口説き文句は、確かこうだ。
『君以上に素敵な女性は見たことがない。あぁ、空に浮かぶ月も君の輝きに嫉妬してしまいそうだ』」
「やめろーーー!!」
会場中に婚約者の悲鳴交じりの声が響き渡る。
そんな婚約者の反応が、何よりの証拠となった。
青褪めた婚約者に向かって、さらに追い打ちをかけるようにエリク様はにっこりと笑う。
「ちなみに、ミリア嬢には何の非もないことが分かっているよ。
問題なのは、君が不特定多数の女性、それも合意の上でない女性との関係も彼女達の証言で上がっていることだ。
さて、ここから先は君達のご両親にお任せするとしよう」
エリク様の言葉に、双方の伯爵夫妻がこちらに向かって歩み寄ってくるのを見て、婚約者は今度こそ項垂れたのだった。
「驚かせてごめんね」
夜会会場から庭園へと連れ出してくれたエリク様の謝罪の言葉に、私は慌てて首を横に振る。
「あ、謝ることは何も……、た、確かに驚きましたけど、私のためだったのだろうなと思いますし……」
一気に色々なことがありすぎて、今でも状況を整理出来ていない私を見てエリク様は苦笑いする。
「そうなんだけどね。でも、結果的に貴女を騙すような形になってしまった。本当にごめん。
それと、そんなに謙遜しないで。いつものように話してほしいな」
「そ、それは難しい、と思います。だってあなたと私とでは」
「線引きしないで。寂しいから」
「……っ」
じっと見つめられたその瞳は、私が良く知るエリィではないのだということに気が付き、思わず顔を逸らしてしまう。
(彼が男性だって、どうして気が付かなかったんだろう)
確かに、エリク様は中性的な顔立ちをしている。
ワンピースを着ていたら女性と見紛ってしまってもおかしくないかもしれないけど、でも最近のエリク様は確かに急に身長が伸びていたし、それに今は……。
そっと盗み見るように見上げたけれど、バッチリ彼と目が合って。
思わずドキッとしてしまう私に、エリク様は目を細めて笑う。
「笑ってはいけないかもしれないけど、これで少しは、貴女に意識してもらえるようになったかな?」
「……!?」
「じゃあこうしよう。僕の話が終わるまでに、貴女は僕の顔を見慣れるよう努力して」
「え!?」
「始めるよ」
エリク様の言葉に慌てる私をよそに、エリク様は彼の髪を撫でる夜風に載せるように言葉を紡ぐ。
「僕は、貴女と出会うまで自分自身がコンプレックスだった。
三人の姉の下で育った僕は、母や姉達から可愛いと言われて育ってね。
母や姉から女性物のドレスや装飾品、小物を沢山もらっていた。
それが僕にとっては当たり前で、僕自身も可愛いものに囲まれるのが一番落ち着くし楽しかった。
だけど、嫡男として育てなければいけないと、10歳になっても可愛いものが好きでいる僕を見かねた父に可愛いものは全て捨てられ、ある日突然禁止されたんだ」
「そんな……」
当たり前のようにあったもの、それも好きなものを全て奪われ禁止されてしまうなんて、と同情する私にエリク様は笑う。
「それを聞いた姉達が父上に怒って、せめてもと姉達が僕に人形をくれたんだ。
そんな姉達の心遣いが嬉しくて、僕は人形をどこへ行くのも欠かさずに持ち歩いた。
だけど、ある日令息同士の茶会に招かれてね。
馬鹿なことに、いつものように人形を持って行ってしまって、それを見た令息達に言われたんだ。
『お前の趣味は気持ち悪い、頭がおかしい』って」
「ひどい……!」
「僕は彼らに笑われたことですっかり引っ込み思案になってしまった。
可愛いものを男である僕が好きなのはおかしいんだ、駄目なんだって。
そう言い聞かせて封じ込めようとしたけど、やっぱり好きなものは好きで。
自分の手元に置かなくても見る分には良いんじゃないか。それから、男が可愛いものを愛でるのが駄目なら、男の見た目をしなければ良い。
そう考えた僕は、我儘を言って女装して、初めて城下を訪れた。
その時に出会ったのが、貴女だった」
「!」
知っている。
お店の中に入らずにショーウィンドウを眺めている可愛い女の子を見て、声をかけた。
「『あなたも可愛いものが好きなの?』って、勇気が出なくてお店に入れずにいた僕に、貴女が声をかけてくれたんだ。
そうして、手を差し伸べてくれた。『一緒に入ろう』と」
「わ、私と同じだと思って、嬉しくなってつい……、余計なお世話でしたよね」
「まさか。嬉しかったよ、たとえ貴女が男ではなく女だと勘違いしていると分かっていても。
可愛いものを語るのも、カフェを巡るのも、貴女とでなければ出来なかったことばかりで本当に楽しかった」
「……エリク様」
エリク様は微笑む。それから、と言葉を続けた。
「いつも明るい貴女だけれど、その顔が婚約者殿のことを語る時は急に曇るものだから気になって。
それこそ余計なお世話だったかもしれないけど、貴女にも護衛がいるようだったからその人達に話を通してもらって、身分を明かしてセルトン伯爵夫妻と話し合ったんだよ」
「お、お母様達と!?」
「良かった、やっぱりバレていなかったんだね。
内密に、ということで貴女が淑女教育に専念している間に話を重ねたんだ。
そうしたら、貴女の婚約者がかなりの問題児で有名な令息であることを姉達から聞き知ってね。
姉達の名前を借りて女装して夜会に潜入したら、まあ酷い有様で。
最終的には僕にも声をかけてきたんだよ」
「ぞ、存じ上げませんでした……。あの人が見境なく女性と遊んでいた、なんて」
もし私にその矛先が向いていたらと思うとゾッとする。
思わず腕をさすった私に、エリク様は眉尻を下げる。
「ごめんね、本当だったら秘密裏に処分した方が良いかと思ったんだけど、それだと貴女の顔を曇らせた罰にならないかなと思って事前に根回しをしたんだ。
貴女の目にも耳にも毒なのは分かっていたんだけど」
「ひ、秘密裏に処分!? わ、私の目にも耳にも毒って」
それってまるで、エリク様は私のことを……。
「貴女は聡明だ。婚約者である彼とは違い、彼の言動に載ることなく冷静に対処しようとした。
そんな貴女を咎めるものなど何もない。
いずれ婚約者殿との婚約は破棄され、彼にはしかるべき処罰が下るだろう。多方面に恨みを買っているようだし。
そうしたら貴女は、婚約を解消され、晴れて自由の身となる。
その時が来たら、貴女は……、僕を、婚約者に選んでくれないだろうか」
「……え!?」
思いがけない言葉に目を瞬かせた私を、エリク様は潤んだ瞳で必死に言葉を紡ぐ。
「気持ち悪いと、思うかもしれないけれど。
今まで女友達として貴女の隣にいたから、僕を見てそう簡単に男だと思えないかもしれない。
だけど、ミリィには知っておいて欲しい。
僕は、貴女のことがずっと前から好きだった。僕に話しかけ、この手を引いてくれた時からずっと……」
「!」
エリク様が私の手を取る。
そして、至近距離で私を見つめたまま告げた。
「今まで見た何より、貴女が一番可愛い」
「っ…………!?!?」
その言葉は、とんだ殺し文句で。
キャパオーバーからふらりと傾いだ私の身体を、エリク様の女性のものではない力強い腕に抱き止められる。
「ミ、ミリィ!? 大丈夫!?」
「……えない」
「え?」
顔が熱い。エリク様に見つめられていると思うと、恥ずかしい。けれど、私のために行動し、きちんと気持ちを伝えてくれたエリク様のためにも、誠心誠意言葉を返さなければ。
そうして意を決して向き合った私は、エリク様に向かって勇気を振り絞って自分の気持ちを紡ぐ。
「もう、女友達とは思えない。だってエリク様は、誰よりも格好良くて、素敵な男性、だもの……」
「〜〜〜!?」
エリク様が口元を抑え、狼狽える。
その反応を見て、私もつられて顔が赤くなるのが分かって。
手で顔を抑えようとするけれど、その手をエリク様に阻止されてしまう。
「ミリィ」
名前を呼ばれ、そっと顔を上げれば、顔を赤らめたエリク様がこちらを見下ろしていて。
「抱きしめても、良い?」
「っ……」
言葉にするのは恥ずかしくて小さく頷けば、そう身長差は変わらないはずなのに、抱きしめられ、私が収まってしまう身体は確かに男性のもので。
恐る恐る背中に手を回せば、エリク様の嬉しそうな声が耳に届く。
「ミリィ……、ううん、ミリア。好きだよ」
エリク様の告白に、自分の中でまだ芽生えたばかりの感情が少しずつ心の中で育つのを感じながら、「ありがとう」と震える声で口にしたのだった。
その後、私と婚約者の婚約は無事に解消され、元婚約者は伯爵家から勘当、女性関係の罪に問われ、極寒の地にある最も厳しい監獄で一生を過ごすことになったそうだ。
とはいえ、それ以上のことを私は知らない。
教えてくれたエリク様の笑みがなぜだか意味深なもので、『君は何も知らなくて良いんだよ』の一点張り、だったから……。
そうして、一年という月日が流れた。
「はい、あーん」
「エ、エリク、恥ずかしいわ」
今日も今日とて私に甘い婚約者様……、もといエリクと、久しぶりに城下へ遊びに来ていた。
「こうしてカフェに来るのも久しぶりね。楽しそうなエリクを見られて幸せだわ」
そう言ってふふ、と笑えば、エリクはにこにこと笑みを浮かべて言った。
「今日は可愛いものを愛でる日だからね。
何より、可愛いものを見て目をキラキラとさせている君を見るのが、とても楽しくて可愛くて、つい浮かれてしまうよ」
「エ、エリク!」
「あはは」
エリクが楽しそうに笑う。
この一年でエリクはすっかり大人の男性に変貌を遂げた。
声は低くなり、身長は私と頭一個分ほど違う。
「エリクは格好良くなったわよね」
と口にすれば、いつも嬉しそうな笑みを浮かべるエリクが、今日は悪戯っぽく笑って言う。
「ミリィのために努力しているんだよ。可愛い貴女の隣に並び立つに相応しい男になれるようにってね」
「〜〜〜っ」
エリクは私を喜ばせるのが上手い。
それが冗談でないことも、彼の瞳を見れば一目瞭然だから、動揺からか手に持っていたフォークが落ちてしまって。
カフェでは拾うようにしている私が拾おうと椅子から立ち上がると、エリクが「僕が拾うよ」と言って代わりに取ってくれる。
そうしてはい、とエリクにフォークを渡された瞬間、腰を屈めて彼の頬にそっと口付けると、彼にしか聞こえないくらいの声で告げた。
「好きよ、エリク」
刹那、エリクが顔を赤らめて心から嬉しそうに笑う。
そんな彼を見て可愛い、と思ってしまったのは私だけの秘密。
そうして、私が同じ気持ちになったら結婚しようと待ってくれていた彼と、これから先もずっと一緒にいられるのだと、二人で幸せを噛み締め、笑い合ったのだった。