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 なんか懐かれた。


 デジャヴだ。


 お客様の対応をしていた奈都は、自動ドアから入ってきた純誠に気づき、危うくため息をつきかけたが、彼もお客様だとすぐに気を引き締めた。


 その彼は仕事帰りなのかスーツ姿で少しだけお疲れの様子。それが妙に色気があって、雑誌コーナーにいた女子たちの視線は釘づけだ。


 純誠は奈都を見つけると、あいさつ代わりににこりとする。そして今日は文庫本の方へと足を向けた。


 なぜだろう。これまで、たぶん一度だって見かけたことがなかった彼が、あの日以来、奈都の職場にちょくちょく足を運ぶようになった。


(ちゃんと本やら図書カードやら文具やら、なにかしら買ってくれるから、ひやかしじゃないけど……うーん)


「あの人また来てますねー。先輩、愛されてるぅ」


 などと、純誠が訪れるたびに充希にからかわれるようになってしまったのはいただけない。充希は仕事にも慣れてきたのか、最近では隙あれば先輩をおちょくるのを楽しんでいる節がある。


 しかも純誠のことをあまり好ましいと思っていないのか、どことなく敵視した眼差しで、倦厭している。系統は違えど充希もみんなにかわいがられるタイプのイケメンなので、ライバル意識で毛を逆立てているのかもしれないと思えばかわいいものだった。


 理世ももちろんよく顔を出す。この間は亮太と一緒に立ち寄ってくれたが、残念ながら一緒に帰ることはできなかった。仕事用のトートバックの内側に、ひそかにストラップをつけたので見てほしかったのに。それはまたの機会にお預けとなった。


 お客様の案内を終えてひと息ついたところで、純誠がすっと横に立った。


「今日はもう終わりですか?」


「そうですね、もう少ししたら上がりです」


「それなら、このあと食事でも一緒にどうですか?」


 奈都はしばし逡巡する。彼氏のいる設定の女がほかの男とディナー。果たしてよいのか。実際はいないにしても。


(でもなぁ……)


 下心のある誘いならば当然警戒する。ハニートラップはどこからやって来るかわからないのだから。


 しかし……と、純誠を盗み見る。彼から感じるのはただの好意。というより、善意、だろうか。


 まだ奈都の地雷を無意識に踏み抜いた件を律儀に気にしているのかもしれない。


 毎回断るのも感じが悪いし、おまえごときが何様だと言われそうだ。


「……ファミレスでなら」


「いいですね、じゃあ待ってます」


 彼は理世もよく待ち合わせに使うコーヒーショップへと入って行った。


(ハニートラップ……うーん)


 前回も理世を軽く疑ったが、的はずれだった経験から言えば、今回も違う可能性が大きい。


 どちらにせよ、奈都が恋しなければいい話だ。


 これは……そう。せっかく縁があって親しくなったのに、ぎくしゃくしたくないから。


 それだけだということにしておいた。





 ファミレスはそこそこ混んでいた。


 まだ夕飯どきの範疇に入るので仕方ない。それでも四人がけのテーブル席が空いていたので、そこに腰を下ろした。


 基本自炊で極力食事にお金をかけない奈都にとっては、はじめの頃理世と来て以来のファミレス。メニュー表を凝視して真剣に悩み抜いた末に、おろしハンバーグを注文した。相談したわけではないが、純誠はチーズハンバーグにライスで少しかぶった。


「今日は、理世ちゃんは?」


「あいつは友達の家に泊まって来るそうで」


 だから彼は夕飯を外でにしたのか。納得だ。


 理世と純誠はふたり暮らしらしい。確認は取っていないが、前回彼らの家で食事当番や掃除当番の表をちらりと目にしたので、おそらく間違いないだろう。


 自分ひとりなら食事を作るのが手間というのはよくわかる。奈都も毎日料理をしたくないので、大量に作り置きを作っておくタイプである。


 水をひと口飲んでから尋ねた。


「ひとりのときは外食ですか?」


「まあ、それに近い感じですかね……」


 外食かコンビニ弁当か出前らしい。一応思うところがあるのか、肩をすくめている。


 最近のコンビニはおひとり様用のお惣菜も豊富だ。奈都もよく利用する。ごぼうサラダが食べたいときは夜中でもコンビニに走る。定期的に食べたくなるけど作るのは無理な食べ物ベスト五には入る。ごぼうサラダ。


「いやいや、コンビニのお惣菜はあなどれないですよ。自分ではなかなか作れないんですよねぇ、ごぼうサラダは」


「ああ、それ、すごいわかる! ポテトサラダなら作るけど、ごぼうサラダはね。俺も買います、絶対」


 食べものの好みが近いのか、食の話で思いのほか盛り上がった。人は見かけによらないとはよく言ったものだ。彼の内面はかなり庶民的で、クーポンも普通に使う。


 なので、話しはじめたらいつの間にか打ち解けていた。


 家まで送るという純誠に、一応自転車なのでと一度は断ったが、彼の善意に押される形で奈都が折れ、夜道をふたり並んで歩く。


 純誠がぴたりと寄り添うように隣にいると、不思議と誰にも話しかけられない。そう配慮して、恋人でもないのにこんなに近い距離を歩いてくれているのだから、いい人だ。


 しかも食の話が全然尽きない。


「キムチチャーハンにアボガドは意外と合いますよ」


 辛さがマイルドになっておいしい。


「いや、でも。女子って、なにかとアボカドじゃないですか。妹も毎回、サラダにはアボカドを入れてて……。いや、おいしいけどね、アボカド。だけどどうせなら、サラダチキンとかツナとかたまごとか、タンパク質がほしいわけですよ」


 理世は相当なアボカド愛好者らしい。うんざりしたように語ってはいるが、妹との暮らしに大きな不満もなく楽しそうだ。


 笑っていると、ふいに純誠がこちらを向いた。少し迷ってから、思い切ったように尋ねてくる。


「彼氏、どんな人ですか?」


 彼氏? と聞き返しそうになり、慌てて口をつぐんだ。いいかげん慣れるべきなのだが、いかんせん彼氏いない歴が長すぎて、どうしてもとっさに反応できずにきょとんとしてしまうのだ。


「彼氏、は……」


 ここはほめておくべきなのか、正直に言うべきか。


「ちょっと、変わった人、かな?」


 間を取った。正直寄りかもしれないが。


「変わった人? 性格が?」


「性格もだけど、私生活? というか、存在そのもの? わたしが会った人の中で、ダントツに変な人です」


 奈都の思いもしないことを言ったりやったりする。現にその変な発想のもと、ちょっとずれた偽装恋人ごっこにつき合わされている最中だ。


 その優一には奈都の方が変わっていると思われているのだから、お互い様。類は友を呼ぶというか、同担はどうやっても出会ってしまうものなのだ。


「最初はね、コンビニで出会ったんですよ。わたしが六百八十円のくじを二回引くか三回引くか、でも高いからどうしようって悩んで悩んで悩み抜いて断腸の思いで二回にした横で、あの人しれっと一ロット買ってて!」


 ある意味衝撃的な出会いだった。


 そして推しが出ずへこんでいた奈都がよほど憐れに見えたのか、ダブっているからとみのりんのタオルとストラップをくれたのがきっかけで仲良くなったのだった。


「……へぇ」


 なぜか純誠の相づちが冷たい。自分から訊いてきたのに。


 お返しとばかりに奈都も尋ねた。


「純誠さんはどうして彼女を作らないんですか?」


「……さあ。どうしてできないんでしょうね」


 さらっとかわされた。できないのではなく、作らないだけだろうに。


(やっぱり相当理想が高いんだろうな、きっと……)


「今、結構失礼なこと考えてませんか? 別に選り好みしてるわけじゃないですから。だいたいいつも俺がふられる方なので」


「えー……」


「信じてない? 理世に聞けばわかりますよ。毎回、思ったのと違った、と言われておしまいです」


 純誠は嘆息する。そこまで傷ついていない様子なので、傷心というよりは呆れているに近いのだろう。彼女の前では気取ったりせず、素を見せていたのではないか。彼の中身は普通なので、その落差に彼女たちはついていけなかったに違いない。


 金銭感覚もきっとそのひとつだ。彼だと誕生日プレゼントには、実用性のあるものを贈りそう。ブランド品やアクセサリーを期待していた子は、さぞがっかりすることだろう。


 みんな見た目通りにクールでかっこいい彼が好きなのであって、ファミレス慣れしていて、少し年季の入った国産車に乗り、サラダにチキンを入れてと言えずに黙ってアボカドを咀嚼する人だとは思ってもないのだ。


「たしかに純誠さん、見た目と中身にギャップがありますからね」


「言うね」


「悪いとは言ってませんよ。初対面のときより今の方がずっとつき合いやすいです。また理世ちゃんたちと一緒にご飯食べに行きましょうね」


 さりげなく次は複数で会いましょうと牽制して、自転車を置くとアパートの階段を登った。


 部屋の前についてもまだ彼はその場にいたので、小さく手をふると純誠も軽く手をあげた。部屋に入るまで見届けるつもりだろう。かわいい妹を持つ兄はそういうところを徹底している。


 部屋の明かりをつけて、奈都は妙に心地よい疲労感でテーブルで頬杖をついた。


(ゆうちゃんさんには……言わなくていいか)


 ただご飯を食べただけだし。


 これがハニートラップでなければいいなと思ってしまうのは、理世同様、彼が話せば楽しい人だと知ってしまったからだろう。


 優一が出国するまであと二ヶ月ちょっと。


 そろそろ人を疑うことにも疲れてきた奈都は、ため息をつきながらべたりとテーブルに突っ伏した。




価値観と味覚の合う庶民派のふたり

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