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番外編 奈都の誕生日(当日)



 誕生日のケーキにろうそくをつけてもらわなくなったのは、いつからだろう。


 実家を出てからだろうか。


 奈都は自宅のローテーブルに置かれた小さめのホールケーキを眺めて、そんなことを考えていた。


 ろうそくには『3』と『1』の数字。最近のろうそくは年齢の数だけ刺したりしないことを知った。穴だらけになるからだろうか。


 苺に囲まれたチョコのプレートには、『なっちゃん、おたんじょうびおめでとう』の文字が。


 いつから自分はなっちゃん呼びされるようになったのだろうかと考えながら、肩を並べて座る純誠の横顔を見上げた。


「え、歌う……?」


「さすがにそれは……」


「じゃあ、火を吹き消して」


 それを言われたのも、きっと実家を出る前のことだ。


 ふ、と息を吐いてろうそくの炎を吹き消すと、白い煙の細い筋が上がって消えた。少しの焦げ臭さが懐かしい。


「お誕生日、おめでとう」


「ありがとう」


 奈都は照れ隠しに、純誠の頰に口づけた。


 すかさず唇に返されて、そんなものかと受け入れる。ずっと受け身でいると永遠に終わらないので、ほどほどのところで身を引いた。


「本当に夜景の見える高級レストランとか予約しなくてよかった?」


 歴代の彼女たちと一緒にしないでほしいが、歴代の彼女たちにふられて来なければここにいないわけなので、あまり文句は言えない。彼女たちと価値観が違ってよかったと思う。


「記念日って、最初だから盛大にしたい気持ちはよく分かるけど、あんまりがんばりすぎると次からも同じだけのものを期待されるよ? しかも年々それを超えていかないと落胆されるみたいだし」


「……そ、そう、なのか……」


 落ち込むその様子を見るに、思い当たる節があったようだ。


「慣れないところだと落ち着かないし、いつもの場所で、好きな人とゆっくりすごすのが一番だと思う」


 ちなみに昼間には理世と亮太に会い、ふたりからは革のキーケースをもらった。前日には充希から肩たたき券(三枚綴り)をもらっている。


(あの子はやっぱりわたしをおばあちゃんだと思っている)


 叱っても全然響かないので、最近は諦めの境地にいる。


「去年まではどうすごしてたんだ?」


 純誠にケーキを切り分けてもらう間に、奈都はプレゼントでもらった、オレンジ色のデージーのブーケを花瓶に生けながら答えた。


「ケーキを食べて、終わりかな? ひとりなんてそんなものじゃない?」


 花を見て自然と笑みがこぼれる。さすがユアステを少しでもかじった純誠だ。みのりんカラーに統一された花は目にも心にも優しく綺麗だ。理解のある彼氏で嬉しい。


「うちは少なくとも理世がいるから、なんだかんだで亮太とふたりで祝ってくれるかな」


 三人でお祝いする光景を思い浮かべるとしっかりとくるが、ふと、疑問に思うこともある。


「純誠さんの中では、亮太くんはすでに家族枠に入ってたりするの?」


「家族枠……。まだ数年は結婚はしないと思うけど、いずれはするだろうとは、思ってる。なにごともなければ」


 あのふたりの間には、なにごともなさそうだ。周囲がなにかちょっかいをかけても、きっと靡かないし泰然としていそう。


「幼馴染で結婚かぁ……。素敵だよね」


 ケーキをひと口食べ、しみじみとつぶやく奈都に、純誠がちょっとだけ動揺したように身じろいだ。結婚というワードにプレッシャーを感じたらしい。気づかないふりをしておこうかと思ったが、あえて口にすることを選んだ。


「結婚したいって遠回しに言ったわけではないから。そう感じたのなら、ごめんね」


「そういうわけでは……」


「まだつき合い出したばかりだし、普通、年齢のことを考えたら意識するんだろうけど、今のところ全然考えてないから、安心して。おひとり様で気ままに好きなことをして生きて行くつもりだったせいか、あんまり結婚とか家庭とかのイメージが湧かないと言うか……」


 好きな人とできたらいいけれど、そうでなければ別にしなくてもいいだろうと思っていた。すっかり諦めていた恋ができただけで、今は十分幸せだ。それ以上のことはまだ考えていない。


 純誠を見たら、なぜかちょっと小難しい顔をしていたので小首を傾げた。


「どうかした?」


「今の話のどこに安心要素があったのかと……。理世の言った通りだった……?」


「理世ちゃんがどうかしたの?」


 肩を掴まれて向き合う体勢にされたので、なんとなく体だけでなく心もきちんと向き合った。


「俺とは、結婚までは考えてない?」


「え? うん」


「うん!? 即答!?」


 なぜ驚くのかわからない。結婚前提のつき合いならまだしも、つき合って数ヶ月。結婚を考えるには時期尚早だ。


「だって、先のことはわからないし、別れる可能性もあるでしょう?」


「えっ、あるの? 現時点で、もう?」


「今の時点では別にないけど」


「ないんだ……よかった…」


 脱力した純誠がもたれかかってきた。


 なにか誤解させてしまったかもしれない。


「あのね、結婚したくないわけじゃなくて、変なプレッシャーをかけてぎくしゃくしたくないから気を回したんだけど……余計なお世話だった?」


「……ちょっと」


 やっぱり気づかないふりをしておけばよかった。背中に腕が回ってきたので、奈都も手を回してその背を子供にするようにさする。


「これまでの彼女たちに、結婚してって迫られたこととかないの?」


「ないけど……前の彼女の話とかって、奈都さん的に大丈夫?」


 今さらではないだろうか。


「気になる人は気になるかもしれないけど、すでに理世ちゃんからもいろいろ聞いてるからね……。たしか、思ったのと違うって言われてふられるんでしょう?」


「……うん」


「つき合いはじめてからたまに出て来るそのちょっと幼い、うん、っていう相槌、距離が近くなったみたいでわたしは結構好き」


「え?」


「だけど純誠さんの見た目から好きになった人には、あんまり刺さらないかも」


 純誠はしばらく考え込んだあと、なるほどと神妙にうなずいたが、わかっていなさそうな雰囲気だった。


「あと、クーポンを普通に使うとことか、迷ったら安い方を買うところとか、無駄なものは絶対買わないところとか、わたしは尊敬するけど気になる人はいるのかも」


「……ああ、うん」


 純誠の目からわずかに光が消えた。ケチだと罵られた経験でもあるのだろうか。


「それと、淡白そうに見えるのに、スキンシップが多いのは意外だったかも」


「え?」


 純誠はきょとんとしている。本人に自覚がなかったことにびっくりだ。ハニートラップごっこの延長戦かと思っていたが、まさかの素だった。


 いや、事故物件のせいもあるのだ、きっと。家では終始くっついて来るし、一緒のベッドでなければ眠れないらしいし、お風呂も早い。なんなら一緒に入りたがる。狭いから無理だが。


(あとは……そう、嫉妬深い)


 優一と連絡を取ることにもあまりいい顔はしないし、充希を叱っているだけなのに妙な勘ぐりをしてくるし、ただの勧誘なのにそれが男の人だと目に見えて不機嫌になる。ティッシュ配りのお姉さんは許しても、お兄さんからもらうのは嫌だと言う。


 たぶん純誠は、同担拒否の人なのだ。


 そう思ったらすべてを許せる。


 同担拒否なら仕方ないな、と。


「……嫌ではない?」


「嫌ではないよ」


 時間があるときは仕事帰りに迎えに来るので、充希に真顔で爆発しろと何度言われたかわからないが、嬉しいしむしろ気後れするくらいだ。


「わたしは基本的に、好きなものは全肯定派だから、大丈夫」


「……うん?」


原作(オリジナル)が神だから。凡庸な人間ごときが、神のなさることに文句を言ってはいけないと思うの」


「……ごめん、わからない。つまり?」


「どんな展開が待ち受けていたとしてもユアステの批判は絶対にしないし、すべてを受け入れて愛する自信がある。だから恋人に対しても、たとえどんな一面があっても純誠さんを批判したりしないし、倫理に伴わないこと以外なら、すべてを受け入れて愛せる自信がある」


 だから。


「とりあえずどんなプレゼントでも、絶対に批判も非難もしないから、その背中に隠してるの早く見せて? 実は最初からずっと気になって気になって……」


 いつくれるのだろうと期待していたが、なかなかくれないので催促するはめになってしまった。


「もしかして、理世からなにか聞いてた?」


「期待しないであげて、とは言われたかな。わたしは文具でも嬉しいよ?」


 万年筆をあげて絶句されたらしいけど、奈都としては万年筆だったらわりと嬉しい。


 理世め……、と怨嗟を吐き出した純誠が、なんとか気持ちを奮い起こして背中から綺麗に包装された箱を取り出した。


 オレンジのリボンを選んでくれただけで十分奈都のことを考えたプレゼントだ。ほら、もう嬉しい。

 

「開けてもいい?」


「期待外れだったら、ごめん」


「純誠さんがわたしのために選んでくれたものなら、なんでも嬉しいよ?」


 逆にどんなものなら嬉しくないのか。充希の肩たたき券でも結構嬉しかったのだ。


 箱を開けると、すぐに小さな文字盤が見えた。


「あっ、腕時計?」


 革のベルトがシックな色合いのオレンジの、華奢な腕時計だ。ベルト部分は細く、文字盤も小さめなので、仕事のときでも使えそう。数字がオレンジなところもかわいい。


 理世から散々文具縛りで来ると煽られていただけに、逆に戸惑ってしまったが、今使っている腕時計が古くなって来ていたので、これはかなり嬉しい。


 箱の中身をじっと見続けていた奈都に、純誠がおそるおそる問いかけて来る。


「気に入らなかった……?」


「ううん! かわいいし、すごい嬉しい! ありがとう!」


「……本当に?」


 その自信のなさは本当にどこから来るのだろうか。過去の恋人たちに傷つけられすぎていて、胸が痛い。


「わたしがこんなことを言うのも変だけど、こういうのだったら、誰にもふられてないと思う」


「いや、そんなことない。ブランド品じゃないのかってがっかりされるか、デザインが気に入らないってがっかりされるかの、どちらかだ」


 歴代の彼女たちへの不信感が強い。


「そういう意味じゃなくて、ね? これは、わたしのために選んでくれたってよくわかる品物だから、嬉しいんだよ。わたしがオレンジ色が好きだから、この色にしてくれたんだよね? そうやって、選ぶときにわたしのことを考えてくれたんだなってことが嬉しいの。これまでの彼女たちへのプレゼントで、そういうことを考えていた?」


「そういえば……実用的なものならハズレはないか、としか考えてなかった、かも……」


「なんかそれって……。あんまり好きじゃなかったの?」


「……そうかもしれない」


 なかなかひどい発言ではあるものの、すべて過去の話なので、今さらどうなるものでもない。


「どこがよくてつき合ったの?」


 純粋に疑問で尋ねたら、気まずげにそっと目を逸らされた。


(単純に見た目が好みだったんだろうなぁ……)


 純誠の好みは把握している。推しを知れば自ずとわかるというもの。


 中身で選ばないからそうなるのだ。


 奈都も人のことを言えたものでもないので、それ以上追及することなく話を変えた。


「来年も期待してるね?」


 純誠がはっとしたようにこちらに顔を向けたので、ひと言つけ加えておく。


「無理のない範囲で」


「いや、大丈夫。傾向は掴めたから」


 とりあえずオレンジ色ならなんでも嬉しい奈都なので、ほかの人へのプレゼントよりは考えやすいだろう。


「そうだ。プレゼントのお返ししないと」


「え? 今?」


 冗談でプレゼントの包装のリボンを自分の頭につけて、両手を広げてみた。


「はい。お返し」


 意味がわかったらしい彼の頰が薄く色づいたので、冗談だよと言おうとしたらソファに押し倒されていた。


 見上げる彼の顔は赤いが嬉しそうで。


「ありがとう」


「……どういたしまして」


 引っ込みがつかなくなった奈都は潔く、お返しをしたのだった。


 


その後の女子会


「いや、なにがどうなったらあんな艶々に? 奈都さんの誕生日からずっと兄の周りに花が飛んでて、本当に気持ち悪いんだけど」


「気持ち悪くしちゃってごめんね。実は……かくかくしかじかで」


「ああ……たまに冗談通じないとこありますよね、うちの兄」


「だけどわたしももう傾向が掴めたから、大丈夫」


「あんまりあまやかさないでくださいね」


「バームクーヘンの外側の砂糖くらいにしておくね」


「相変わらず、ごくあま!」


 バームクーヘンを食べながら、ふたりで笑い合ったのだった。


***

最後の最後までお読みいただきありがとうございました!


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