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 奈都の後に、蒼白で震える充希も押し込まれ、重苦しい沈黙と緊迫感の中、無情にもバンは発車した。


 三列目の後部座席に寝かされている理世が心配だ。覗き込もうにも、奈都と充希を挟んで脇を固めるように男たちがいて、余計な動きをしたら即座に意識を沈められそうな雰囲気を醸し出している。


 三人がけの座席に、四人。人を拉致することに躊躇いを感じないタイプの人間が、道交法を守るわけないとわかっていても、きつくて仕方ない。窓も開けさせてもらえないので空気が薄く感じられる。


 とりあえず狭いことを利用して、奈都は充希に体を寄せると小声で問い正した。


「全部知ってたの?」


 拉致直前、彼はたしかに逃げろと言った。奈都の身を案じてのことだろうと、その点に関してのみ疑ってはいないが、となるとどうして危険が迫っているとわかったのかという問題が浮き彫りとなる。


 結論は簡単に導き出せた。はじめから知っていたのだ。奈都がこのチンピラどもに拉致られることを。


 充希は身じろぎし、なにか弁解しようとしたが、奈都の強い視線に耐えられなかったのだろう、うなずくことで素直に認めた。


「で、どっちの味方?」


「……こうして一緒に拉致られてるんだから」


 わかるでしょう? というように肩をすくめる。


 たしかに仲間という空気ではない。が、だからと言って味方かと問われたら、微妙だ。


 仮に味方だとしても、普段から力仕事で悲鳴をあげている充希は戦力としてカウントできない。本気で申し訳ないが、足手まといでしかない。


「てめぇらさっきから、なにしゃべってやがるんだ!」


 助手席の男に怒鳴られて、奈都はおとなしく口を閉ざしたが、おしゃべりな指先は器用にトートバッグの中でスマホを操作していた。


(ゆうちゃんさん! 気づいて!)


 真っ先に優一に発信したのは、信頼からではなくこうなるに至った原因のひとつだからだ。今現在、奈都がそれ以外の理由で拉致誘拐される心当たりはない。


 とはいえ、優一に直接助けに来てもらおうなどとは思っていない。ゴキブリさえ家政婦さんに始末してもらうような軟弱な男なのだ、優一は。


 彼の使い道はただひとつ。下っ端をどうにかするのではなく、黒幕に直談判してもらうこと。その方が早い。


 もし頼って利になるなら国家権力に頼るが、黒幕が優一の両親のようなお金で不正をもみ消せるレベルの権力者であった場合、奈都のような小市民の訴えになど、耳は傾けてくれるかどうか……。最悪消されるのではないか。


「おい! おまえ、こそこそなにしてやがる!」


 いきなりトートバッグを取り上げられて、中身をひっくり返された。スマホはちょうど通話中になったところで切れてしまう。助けを呼ぼうとしていたことに気づいた茶髪のサングラス男が、無情にも奈都のスマホを踏みつけ、画面が粉々に砕けた。


 無残な姿となったスマホを前に、奈都はひとつだけ誓った。


(……絶対、後で弁償させる)


 誰でもいい。優一でも、踏みつけた男でも。


 この所業、許しがたい。


 なにより待ち受けのみのりんを汚い足で踏みつけたこの男には、後で必ず制裁を加える。なにがあろうと、報復する。必ず。


「このアマおとなしい顔して、なめた真似しやがって!」


 スマホを壊した憎き男に胸ぐらを掴まれた直後、平手が飛んできた。血相を変えた充希の悲鳴が軽い耳鳴りの向こうに聞こえた。


「先輩っ……!!」


 充希が、頰を打たれた衝撃で倒れこんできた奈都を庇うように男たちをにらみつけた。飼い主を必死で守ろうとする小さな愛玩犬のようだが、相手は飢えた野犬の集団だ。敵うはずがない。追い詰められて噛みついてしまう前に、奈都は顔を上げて充希を押し留めた。


「……いい。大丈夫、だから」


「でも……!」


「本当に、平気だから。……ね?」


 強がりだと思われたのだろう、男に鼻で笑われ、おとなしくしてないと次はどうなるかわからないぞと脅され、奈都は肩を震わせながら小さくなった、ふりをした。


 こんなときなのに、奈都の頭はしっかりと冴えている。


(ここはゆうちゃんさんに賭けるか……)


 さっきの電話でなにか感づいてくれるといいのだが。


(変なところで抜けてるからなぁ、あの人)


 奈都は窓ガラスに映る情けない顔をした自分から、街灯すらなくなった真っ暗な景色へと目をそらした。





 奈都たちが連れてこられたのは廃工場のような場所だった。


 まだ気を失ったままの理世が地面に横たえられて、奈都と充希は両手を縄で縛られて、さほど広くない廃材の転がる部屋に押し込まれると、外から鍵をかけられた。


 ドアの向こうから男たちの気配が完全になくなるのを待ち、奈都は室内をざっと見渡してから、ようやく閉じていた口を開いた。


「窓はない、か」


 残念だが仕方ない。別の手段を考えるか。


 充希は奈都のつぶやきを聞いていなかった様子で、床に座ってしょぼくれていた。


「……ごめんなさい」


「なにに対して謝ってるの?」


「もっと早く知らせてれば……こんな……こんなことには」


 充希は理世をちらっと見やって、その目に後悔をにじませた。


「後悔するなら後にしなさい。今は縄をときつつどう脱出するか考える。それ一択」


 後悔など暇なときにすればいい。ひとつしかない脳をそんな無駄なことで酷使などして、全神経を脱出に向けず、どう生き残るつもりなのだろう。


「え……え!? ちょ、先輩、なんであっさり縄ほどいてるんですか!」


 はらりとほどけた縄を蹴飛ばして、奈都は充希の両手を縛る縄に手をかけた。


「こういうのはまず、縛られる前に軽く小細工しておかないといけないの」


 縛り方にもよるが、強いていえば、慣れだろうか。


 縄をほどきながら、奈都はさっきから気になっていたことを直球でぶつけた。


「充希くん、きみ、もしかしてわたしに差し向けられたハニートラップ? きみもわたしの身上調査書、持ってたりする?」


 充希が気まずげに目をそらしてから、言い逃れできないと悟ったのか懺悔した。


「ごめんなさい……。でもっ、僕だって、こんなことやりたくなかった! 脅されて仕方なく……って、都合のいい、いい訳に聞こえるだろうけど……」


 奈都はため息をついて、うなだれている充希の髪をくしゃりと混ぜる。


 優一は穏便に別れさせるためにハニートラップを使うだろうと予想していた。だから奈都ものんきに構えていた。


 まさかその裏で、脅されてハニートラップ役を強要されている人がいたなど、想像もしなかった。


 積極的に仕掛けて来ないわけだ。仕掛け人自体がいやいやなのだから。


 そうなると純誠もなにか弱みを握られて脅されている可能性が高い。


 優一の謀に奈都が安易に共謀したせいで、少なくともふたりの犠牲者が出ている。謝りたいのは奈都の方だ。


「ごめんね、怖かったね」


「……結局、自分かわいさに従ってたんだから」


 それでも危険を顧みず奈都に伝えに来たのだ。どれほどの勇気を振り絞ったことだろうか。


 まだ聞きたいことはたくさんあるが、それよりも先にすべきことがある。奈都は気持ちを切り替えた。


「感傷に浸るのは後にしよう。ほら、とけた」


 充希の手首を縛っていた縄を捨て、奈都はさくさく次へと進む。こういうとき、時間こそがなによりも重要なのだと知っている。のんびり待って、うまく転がった試しなどない。敵が油断している間が勝負だ。


 鍵は簡単なサムターン式の錠だが、こちらには鍵穴もないので手出しできない。


 室内ざっとを見渡し、雑多に積まれた工具箱を見つけると、自然と奈都の口角が上がった。


(もっといいものがありそう)


 縄の縛り方もそうだが、人質をなめている。細部に気が回らない辺り、さすが金で雇われた人間だけのことはある。不良少年の方がまだ賢い。


 萎縮したふりをしていたおかげか。そうでなくとも、こういうときにしか役に立たない容姿を利用しない手はない。


 こんな特殊な状況、普通はなかなかないが、奈都に限ってはそうでもなかった。


「……先輩、何者? さっき殴られて、あんなに怯えてたのに」


「わたしが言うのもあれだけど、普段からそんな感じの顔じゃないかな?」


「それはそうかもだけど」


 生まれついた顔つきはどうにもならないのだ。そんなことよりも、奈都は確認のためにするりと打たれた頰をなでた。平手だったので、すでに赤みも引いてほとんど腫れてもいない。


 来るとわかっている平手の勢いを充希の方に倒れることで受け流したので、派手な音がしたわりにはさほど痛みもないが、一応手加減されていたのかもしれない。


「殴られたんだよ? なんでそんな平気そうな顔して……あ。もしかして、先輩の実家がボ」


 みなまで言うな。充希の口をやんわりと手で塞いだ。実家は関係ない。関係なくはないが、今は関係ない。


「そんなことよりもさっさと逃げないと。充希くん、だめ元で訊くけど、理世ちゃん抱えて走れそう?」


 万が一見つかったときのことを考えると、本来の標的である奈都が囮になり、敵の気を引いた方がいい。


 だから奈都が、この件に関係していない理世を背負うわけにはいかないのだ。


 しかし充希はろくに考えることなく首をふった。わかってはいたが、もう少し体力をつけてくれないだろうか。


 となると理世には起きてもらわなければならないのだが、彼女が起きたらこの状況を説明しなくてはならず、今はその時間すらも惜しい。


 理世をどうするべきか逡巡していると、彼女の上着のポケットが淡く発光した。


 見覚えのあるその光に、奈都はあっと声をあげた。


(スマホ!)


 あの男たちは理世のバッグは持っていったが、ポケットに入れていたスマホはどうやら見落としたらしい。光っているだけで音がしないところを見ると、消音モードになっていたに違いない。なんて幸運!



 奈都は充希と視線を交わした。



 言葉は必要ない。



 ふたり同時に、希望の光へと飛びついた。





眠る理世に焦る充希

なぜか場慣れしている奈都

次回は、一方その頃……、な純誠視点

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