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かなり長らくお蔵入りしていたお話なので、作中の話題や情報など、一部直しましたがまだ古かったりしますので、ご了承ください

ちなみに季節は春の設定です



 穏やかな昼下がり。


 並木通りに面したいつものカフェ。


 しかし、最奥のいつもの席で向かいあう友人は、いつもとは違う、場にそぐわない張り詰めた表情で奈都なつを見据えていた。


 まるで死亡宣告でも受けたかのような悲愴感ながら、その目になにやら覚悟めいた光がある。もし本当に余命半年だとか告白されたら、どうすればいいのだろうか。できればそうでないといい。


 友人になってまだ数年だが、すでに数えきれないくらい濃密な夜を過ごした。


 色っぽい意味では、決してないけれども。


 友人だ。


 それ以上でも、以下でもない。


 奈都は水に手を伸ばして、ひとまず喉を潤し、心を強く持ちながら、友人――正面に座るスーツ姿の男へと目を向けた。


 すらりとした長身で、色素の薄い髪と瞳を持ち、無駄に整った美しい顔立ちをしているというのに、今はムンクの叫びをリアルに表現しているようにしか見えないこの友人は、名を優一ゆういちと言う。


 優一は奈都の行動に引っ張られたのか、目の前にコーヒーがあるのも関わらず、すでに半分ほど減っていた水をさらにごくごくと飲み干した。


 冷水のおかげで少しは落ち着いたのだろう、彼はようやく、その重たい口を開くことに決めたらしく、すっと居住まいを正した。


「なっちゃん氏、いや、なっちゃん様、じゃなく、なっちゃんさん!」


 茶化しているわけではない、というのは、その真剣そのものな目を見たらわかる。単に混乱しているだけのようだ。


「なんでしょうか、ゆうちゃんさん」


「どうか、僕を助けてほしい!」


 年上の男性に、真っ向から頭を下げられた。テーブルに額を押しつける優一に、慌ててその顔を起こさせる。


「あの、漠然と助けてといわれても。借金の申し込みとか、連帯保証人とかは勘弁してほしいですが……」


「なっちゃんさん! いくら僕でも、そんな非常識なことなど頼みませんが!」


 急に顔を上げてきた優一に、奈都はおののき身を引いた。


「えっと……そうです、ね? 早とちり、すみません」


「わかってもらえたのならいいです。……お願いというのは、金銭関係ではありません。僕自身それなりに高給取りですし、実家は会社を経営していて、家にも家政婦さんとかいたりして、正直、これまでお金に困ったことはないです。ただの一度も。ですからご安心を」


 奈都が無言で薄く微笑んだのは、対人関係を円滑に進めるための、ごくごく普通な反応だろう。


 澄ました顔をすると、途端、スーツもパリッとして見えるから不思議なものだ。


 働き盛り三十四歳、有名企業にお勤めのイケメンエリートサラリーマンと、三十にもなってただのしがない本屋の店員。


 正社員と契約社員。格差社会。


 共通点など、ないように見える。


 だがふたりは友人。親友といっても過言ではない。


 優一がまたしおれ、弱々しく言った。


「こんなことを頼めるのは、あなたしかいないんです」


「いや、あの、話を聞かないことには……なんとも」


 正直あまり聞きたくはないが、やはり聞かないことには断ることもできない。


 すると優一が、がばりと顔を起こした。さっきまでより、いくぶん晴れやかに笑う。


「そうですよね。お言葉に甘え、単刀直入に言いますね。――僕とつき合ってください!」


「はい?」


 驚く奈都に、優一はすかさず補足した。


「つき合っている、ふりをしてほしいんです」


「……うん?」


 奈都は九十度に曲がるほど、首を傾げた。なにゆえに?


「いや、おっしゃりたいことは、わかってます。なにせなっちゃんさんは、僕の恥部をすべてご存じですし」


「いや、なんというか、語弊があるように聞こえるんですが」


「僕の性癖を知るあなただからこその、切実なお願いなんです。いくら考えても頼れるのはあなただけなんです。どうか、同じ女性を愛する者として、ご慈悲を」


「……うーん」


 その言い方では奈都が同性愛者だと誤解を受けそうだ。


 奈都と優一には、共通の趣味がある。


『フォー ユア ステージ 〜その輝きは未来を照らす〜』(通称ユアステ)という、美少女たちが主役の青春アニメを、心底愛していた。愛しすぎていると言っても過言ではないほどに。


 だが、オタクではない。


 そのアニメが好きなだけなのだ。


 奈都も優一も、自分がオタクだとは認めていない頑固さがあり。


 そして、推しも同じなのである。


 同担拒否ではなかったふたりに芽生えたのは、友情。それ以外、ありえない。


 優一は生身の人間が嫌いだ。嫌悪しているといっても過言ではない。男女問わず嫌いだが、特に女性が大の苦手であり、二次元の美少女しか本能的に愛せないという、難儀な性質の持ち主だった。


 奈都は至ってノーマルではあるが、過去に手痛い経験もあり、恋愛はもういいかなと半ば諦めている。


 そうでなくとも優一に恋愛感情を抱くことはない。彼の言った通り、残念な部分に触れすぎているのだ。


「わかってます、わかっていますよ、なっちゃんさん。我らのみのりん(・・・・)は永遠の十七歳。永遠のアイドル。誰のものにもなることのない、まっさらで清らかな美少女。この汚れきった大人の欲になど染まることのない――」


「続きを! 話の続きをお願いします」


 誰が今みのりん愛を語れと言ったのだ。


 調子に乗った優一にしゃべらせておいたら軽く一晩は超えてしまう。


 奈都が先を促すと、優一は染めていた頬を白に戻して、コップをつかんだが、もう水はないとわかると顔をしかめ、冷めきったコーヒーに口をつけた。


「実は、三ヶ月後に海外赴任が決まっているんです」


「あら、すごいじゃないですか。出世ですよね? おめでとうございます。お土産送ってくださいね」


「ええ、それはもちろん。無事出国できれば……の話ですが」


「無事、というのは……?」


 優一はカップをソーサーに戻して、嘆息する。そして溜まりに溜まった呪詛を腹の底からはき出すように言い切った。


「ここ数年、ずっと縁談を強制されていたんです。縁談ですよ、縁談! 生身の人間と言葉を交わすだけでも普段なけなしの気力を使っているのに、結婚だなんて! 虫唾が走る、心底ぞっとする! そんな地獄を味わうくらいなら、いっそ殺してくれ!」


「いや、忘れているみたいですけど、わたしも生身ですが」


「いえいえ。なっちゃんさんとは高尚な会話ができるので、全然平気です。それに捕食者のような貪欲な視線を向けてきたり、さりげなさを装ってのボディタッチとか、絶対にしないでしょう?」


 たしかに奈都は優一に対して、友情以外の感情は一切持ち合わせていない。これから先もそれが恋愛に変じることはないだろう。共通の趣味以外があまりにかけ離れすぎていて、まるで理解し合えないのだから、こうなると恋情を抱きようがない。


 だからこそ友達としてうまくいっているとも言える。あまり嬉しくはないが。


「これまで仕事が忙しいと適当にあしらっていたのですが、あの人たち、とうとう実力行使に出て。人の承諾も得ず、さる大企業のご令嬢と話を進めはじめたようで……」


 信じられますか? と聞かれたが、縁のない話すぎてよくわからない。お金持ちの考えることなど、庶民には到底理解が及ばないものだ。


 とはいえ奈都も家業を従弟に押しつけて逃げて来た口なので、親の期待やらしがらみについてならば、少しは理解できる。奈都はなにも期待されてはいなかったが、想像くらいは誰にでも可能なものだ。


 曖昧にうなずくと、同意と受け取ったのか、優一は笑んで続けた。


「いくら席を設けられようと、顔を合わせる気はありません。海外赴任は五年の予定です。もしかするとそれより延びるかもしれません。その間、さすがに海をまたいでまで女を勧めては来ないでしょう?」


「そうですね……」


 なるほど。あと三ヶ月耐えれば、五年の猶予ができると。


「自分の親ながら、人の話に耳を傾けるような人たちではないんですよ。昔から傲慢で、偏った常識を押しつけてくる。もう物理的距離に助けてもらうしか、方法がない……結婚なんてっ、結婚なんて絶対に嫌だ!!」


「つまり? それまでの期間、わたしに恋人役を演じてほしい、と?」


「あ、いえ。無理に恋人役を演じてもらう必要はありません。誰かとべたべたするのは、きっと僕には耐えられない。だから、あなたには時間稼ぎに協力していただきたい」


「というと?」


「あの人たちのやり口は、誰よりも息子である僕が熟知しています。僕に決まった人がいたら、その人を排除しようと躍起になるでしょう。おそらくあなた側にハニートラップのようなことを仕掛け、別れさせようと目論むと思うんです」


「はあ……。ハニートラップねぇ……?」


「なっちゃんさんには、近寄ってきたそれらしい男を手玉に取って、三ヶ月間思うままに転がしていただきたく」


「……」


 なんだろう。恋人役を演じるよりも、もっとめんどくさい頼みごとをされている気がする。


「もし引き受けてくれるのなら……」


 優一はいそいそと鞄から四角い箱を取り出し、うやうやしく開けた。


「え、待って、それってもしかして……!」


「ええ、製菓会社とコラボした、限定数百の超激レアの複製原画です。抽選で当たらないと入手できない、オークションで数万の値がつく、なっちゃんさんが泣いてほしがっていた、アレです」


 はわわっ……、と歓喜に震える手を抑えつけるのが難しいほどだった。抑えきれない高揚に自分でも戸惑った。


「でっ、でも、これ、ゆうちゃんさんが(とにかく金にモノをいわせチョコレートを買いまくって)当てたものなのに……!」


「ふっ。安心してください。これは永久保存版として保管していた、ふたつ目です」


「ふたつ目!? ひとりひとつしか当たらないはずなのに!」


「口の固そうな部下を買収して、名前と住所を借りました」


 どうしてだろう、普段ならば覚える苛立ちがちっとも湧いてこない。


 かつかつの生活でグッズ収集している奈都には喉から手が出るほどほしいレアグッズ。抽選にもれて涙を飲んだいわくの品だ。


「手付金がわりに、お納めください。もちろん交際費などのもろもろの必要経費はこちらで持ちます。海外赴任先がユアステの映画の舞台である、あの国ですので、成功報酬として聖地巡礼の旅を僕のガイド案内つきでプレゼントさせていただきます。引き受けてくれますか?」


 もちろん奈都に海外旅行などするお金はない。その経費をすべて持ってくれると、太っ腹なことを言って奈都を懐柔する。


 なにより、だ。


 目の前の複製原画のみのりんが、奈都を呼んでいる。


 逡巡した。ほんの、一秒ほど。


 おずおずと目の前のそれを手にして、感激に言葉もない。


 優一はにこりと笑った。


「契約成立で」


 早まったかもしれないと思いつつも、この戦利品を手放すという考えは、微塵も存在しなかった。



 


抽選にもれて泣きながらチョコを食べた、奈都(30)

ちゃっかりチョコを寄付して徳を積んだ、優一(34)

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