心のせんたくを
「あぁ〜ったけ〜〜」
沁みるわ〜〜。大自然の中のお風呂沁みるわ〜〜〜。
昨日は体拭くだけで済ましちゃったからな〜。やっぱ日本人は風呂だよね〜。
「…本当に、異世界転生しちゃったなあ……」
満点の星空を見ながらしみじみと思う。
星座には詳しくないけど、北極星っぽいとこの周辺に北斗七星もカシオペヤ座も見えないから、本当に異世界なんだろう。
そして、何より。
ザバッ、と水面から出した手。
女性みたいな細い指だけど、美琴のより大きな手。磨かなくても綺麗な爪。火照って赤らんだ白。
「…やっぱり、別人なんだなぁ」
男の時点で別人ではあるのだけど。
親から受け継いだ特徴を全てかなぐり捨てたような現状に、元から切れていた繋がりを再視認してしまい、思わず濡れた両手を顔に乗せた。
「…ハッ」
半分は、自業自得なのに、何を今更。
この見た目を選んで作ったのは、自分だというのに。
…そう、自分を嘲笑しないと、また泣いてしまいそうだ。
***
「のぼせたぁ…」
長湯しすぎた…。ベッドの上でぐったりと四肢を投げ出す。
のろのろと手を伸ばし、コンパクトをパカリと開く。中の鏡が、赤らんだオリヴィアを写した。
赤い目が白い睫毛をバシバシ動かしながらまばたきする度に、私の気分は沈んでいくようだった。
現実離れしたことをしでかすたびに、孤独感が積み上がる。
晩ごはんの煮物に文句を言うような、「早く風呂に行きなさい」と言われるような、授業中にうたた寝して友達に笑われるような、そんな日常が恋しくてたまらない。
「…いいよ。どうせ開き直れば楽になる」
オリヴィアはこんな表情しない。普段から自身満々で、余裕綽々で、掴みどころがない笑みで相手を翻弄する。
”美琴”を捨てて”オリヴィア”に偽ってしまえばいいとはわかっている。
異世界転生の主人公たちはそんなキャラが多いし、過去を振り返って憂鬱になってもその頃にはもう親しいキャラがいて、支えてもらえるパターンが多い。
でも、私は、”私”を捨てる勇気が、まだ持てない。
うん。やっぱり、ある程度技術が身についたら旅にでも出よう。
この世界に私の存在を知らしめて、少しでもこの孤独を埋めよう。
未成年のこの心にとっては、きっと代替品にしかならない。代替品になるかどうかも怪しい。
それでも、山奥で恵まれた環境下で、孤独死するよりはきっといい。
「よし!」
そうと決まれば旅支度だ!
といっても、手荷物なんかは異空間収納にしまえばいいだけなので、本当に簡単なものだけど。
要は翻訳機能だ。効果イメージは某猫型ロボットの、うん。みなまで言わずともわかる。
そんな魔法をチョーカーにつける。チョーカーなら、ハイネックで隠れるからね。
あとは、見せかけの手荷物を入れる為のカバン。
どうしよっかな〜。
リュックタイプはいろいろと楽だけどオリヴィアコーデには合わないしダサくなる。
手さげタイプは見た目が良いけど片手が塞がるし容量が少ない。
肩掛けタイプはデザインが合わないでもないけど、容量を増やそうとしたらエコバックみたいな見た目になって、うぅ〜ん…。
えーどうしよう。原作のオリヴィアもカバンとか持ってなかったよなぁ。異空間から出したり、パッ、ポンでアイテム出してた印象が…。さすが史上最強の悪魔、公式チート…。
…やっぱ肩掛けバッグかなあ。
ベルト長めで、覆いは有り。サイズはノートPCが入るサイズ。…いや、余裕をもって、一回り大きめにしとくか。
色は茶色。コートの薄茶色と同系統で、コートより濃い茶色。
残念ながら革製品は出せないので、石油加工品でいい感じのを出す。
「…うん。いいデザイン。使うのが楽しみ」
小さな楽しみを積み重ねよう。この孤独は、埋めようのない孤独は、蓋をして。