よくなーい!!
「いやあ、部下の話を聞いてもしやと思いましたが、やはり貴方でしたか!」
「は、ははは…」
誰か助けてください。
私は今、オーナーでありこの国の伯爵サマであるこの人と、引き攣った笑顔で食卓を共にしています。
なんでも、私が森の中で助けた人(覚えてない)がこのお貴族様だったらしく、泊まった客の中でも特徴的な私を知って「もしや」と思ったらしい。
えーん覚えてないよー!誰この人!?私からすればいきなり知らない人と一緒に食事してるわけで、本当に怖い!
「魔狼の群れの真ん中に馬車が取り残された時はもう一巻の終わりだと覚悟しましたが、貴方のおかげで命が助かるどころか怪我一つ無く!」
「そう、でしたか…」
ちなみに、私が覚えてないことはこの人知ってる。部屋に入った時の私の第一声が「どちら様でしょうか?」だったし、カクカクシカジカこれこれこうでしたねと言われても「…?」って顔してたからさすがにバレた。まあそれはそれで「人の命を救っておきながら驕り高ぶることなく…!」って勝手に感動されたけど。
興味ないから覚えてなかったんです、とは言えないよなぁ…。
「それにしても…えー、と…」
「あぁ、ウォルカーです。ゴーシャ・ウォルカー」
「ああすいません。ウォルカー伯爵、いくら命の恩人とはいえ、私のような、祖国もない、ただの旅人を気安く食卓に呼ぶのはいかがなものかと思いますが…」
「貴方が懸念するような悪人は、自主的にそうは言いません」
暗に「部屋に帰してくれ」と言ったつもりだったのだけど、残念ながら拒否。「貴方が粗暴なお方ではないのはマナーからわかりますしね」じゃないのよ、頼むから部屋でぐーたらさせてくれ!!
「…ご不満ですか?」
「…いえ…」
「無理しなくて結構、貴方は国もないただの旅人でしょう?」
怒ってる?この人もしや怒ってる??自分のおもてなしが無下にされたって怒ってない!?
えーん大人の人の内心わかんないよー!こわいー!
「それで、どうしてわざわざ私をここに?」
改めて聞けば、ピクリ、と彼の指先が動いて止まった。
「…なぜ、そうお考えに?」
「え?いやその、貴方様が言うような『ただのお礼』なら、豪勢な食事を用意はすれど、共に食卓を囲む必要は無いでしょう…?」
「……」
いや、本当にこの人がいい人で、心の底から私にお礼をしようとしている、聖人君子もびっくりの光属性っていうパターンもあるけど…いや、ないでしょ。子爵とかならともかく、五爵の中でも中間くらいの伯爵なら、お貴族同士のアレコレも知ってるだろうし。
そんな人が、素性もしれない旅人、しかも一回助けてくれただけの存在を呼びつけて食卓を共にする?絶対ありえない!
私のそんな脳内を知ってか知らずか、彼は笑みを深めていく。それを見て顔を歪めていく私を見て、笑いながら言った。
「さすがはいくつもの国を巡る旅人でしょうか、なに、そんなに顔をしかめないでください。私直属の部下にしようだとか、戦闘中に見せたあの特別な技術をよこせだとか、そんなことを言いたいわけではないのです」
「ッッッ(((」
思いっきりむせた。
待って喉いったい、テーブルクロス汚れないように気をつけたけどその分いってえ!
いやよかったっちゃよかったけど、この人が私を脅威として見てなかっただとか、私の魔法やら勇者顔負けの技術()やらを手元に置いておくつもりがないだとかがわかってよかったけど!他の貴族、しかも対立してる家に引き抜かれる前に懐柔するなり殺すなりをしようとか考えてもおかしくないからね、口先だけでもその気がないと教えてくれるのは幾分か楽になる。
「では何です?見世物小屋に売り飛ばすか、それとも剥製にでもしますか?」
「冗談もお上手ですね、しませんよ。そもそも無理です」
「だと良いんですがね…」
薬学がどこまで発達してるかわかんないし、変な薬を盛られたらたまったもんじゃない。麻薬をアホみたいにバカスカ使われる可能性もあるし、後遺症がバカみたいに残る、私も知らん薬を使われる可能性もある。なんというか、知識が発展していないが故の恐ろしさがある。
だから、現在進行系で食事にもワインにも手を付けていない。てかお酒飲めないし。私自身が持ってきた水をチミチミ飲んでその場をしのいでいる。
「それで?結局、私に何を求めているんですか」
「戦力ですね」
「さっきの言葉と矛盾しているように思いますが?」
「いえ、全くしていませんよ」
あくまで一時的な戦力です、と言われて、ようやく納得がいった。
「つまり――冒険者ギルドを通した、私個人への名指しの依頼、という認識で?」
「ええ」
なるほど、そういうこと。ようやく納得がいった。
「貴方の治める土地、もしくは貴方自身の周辺で何らかのトラブルが起こっており、それをどうにかする為に私という戦力が欲しい、と?」
「理解が早くて助かります」
「冒険者に求められるものなどたかが知れているので」
「ならば、」
ここからは、『雇用主と労働者』という肩書で話してかまわないかね?
そう言った瞬間に、伯爵のまとう雰囲気が変わる。優しげな柔らかいものから、部下を扱う、責任ある者の顔へ。
「…恐ろしい限りですね」
「貴族だもの、当たり前のことだ。人を使うのも、守るのも、そして悪しき者を排除するのにも、覚悟が要る。…それで?君の返答は如何なものかな」
「そうですね…」
少なくとも、この人はバカではない。そして同時に、私をしっかり一戦力として認識しており、双方の同意の下での契約を望んでいる。
まあ、私自身を客観的に見ても、明らかな爆弾だしなー。手心加えてあのレベル。うん、反逆してほしくはないだろうね。
まあ、それはそれ。
私は政に関わるつもりは一切ないし、反乱分子や要人の暗殺なんて論外。でも、そういう方面だった場合、依頼内容を聞いて断った暁には、「この計画を知ってしまったならば」と殺される可能性も有り得る。
つまり、彼の手の上であるここで全てを決めるのはあまりにも軽率で危険。
大きく息を吸い、肩を落とすように息を吐く。
彼に見せつけるように、ゆっくりと銀食器を手に取った。
「……」
「…明日、冒険者ギルドで改めてお話をしましょう。今はこれを返事とする、ということで」
そう一息で言い切って、冷めきった食事を一口、口に運んだ。
あ、ソースがきいてて美味しい。あったかいうちに食べたかったかなぁ、これ。
そのままナイフとフォークを置いて、口元のソースをナプキンでぬぐって、部屋を出た。
***
「っっっっぶえあああぁあぁぁあああ!!」
部屋に戻って鍵をかけて、防音結界張ってベッドにダイブ。ゆきうさに向かって一直線にそうしたら「!?」って目をしてぽむぽむ震えてる。
ごめんね、でも色々と限界なんだ。
「慰めてえええええ!ゆきうさ私を癒やしてええええええ!疲れたあああ怖かったのおおおおおおお!!」
魅惑のイケボが完全に台無しだけど関係ない。てかそんなのかなぐり捨てないとやってらんない。
なにあの腹の探り合い!第三者視点で見るのは楽しいけど当事者になんかなりたくないわクソッタレ!少なくともJKが体験していい類のもんじゃないやろがい!!
ひんひんひどい声を出す私を慰めたいのか、ゆきうさは私にそのまんまるぼでぃを擦り寄せる。うっうっ、ごめんねありがとう。
いやね?そりゃお貴族様の依頼を受けることでその間は後ろ盾ができるな〜とか、割の良い仕事だといいな〜とか、そんな下心はありますよ。無いほうがおかしい。
でもあんな探り合いを明日もやるんですか?パードゥン?嘘でしょ、本気で嫌なんだけど。いや、だからといって脳死イエスマンになって尻尾切りされるより100倍マシだってのは理解はしてるけどさ。
ゔあぁ〜〜〜〜〜、明日が来なければいいのにぃ〜〜〜〜〜!
彼が置いたフォークを持ち、ウォルカー伯爵は笑う。
なるほど、やはり彼はバカではないらしい。
「一口でも食べた、ということは――多少は信用してもらえたようだがね」
ポツリ、とそう呟く。
『これを返事とする』と彼は言った。つまり、毒は盛られていないと思える程度に信用はしているが、全て平らげるほど信じ切ってはいない、と。
明日にまで話を持ち越す理由も、はじめはわからなかったが、なるほど、場所が悪かったらしい。
何を考えているかわからない存在の目の前で、その掌の上で事情を聞くということは、いつ潰されてもおかしくないことも意味する。ましてや、国も何もない旅人ならなおのこと。”使い捨て”にするにはうってつけだと思い至ったらしい。
彼を手元に置きたいのは、正直、事実でしかない。
彼は、オリバー・ノーベルという男は不確定要素だ。あれだけ強力な魔道具を操り、無限収納も使う。それ以外にも、絶対に戦力になり得るものを持っている。
更に、多少なりとも頭も回る。臆病さと慎重さとは紙一重、そのくせ貴族の立場を理解しながらハキハキと話す豪胆さも持ち合わせている。自らの見た目が奇抜なものだと自覚し、差別されるものだと不満も出さずに受け入れている。心の内に秘めているだけかもしれないが。
なんにせよ、彼は間違いなく今回の件の力になってくれるだろう。
「明日が楽しみだ」
窓の外では、星がきらめいている。




