99話 当然のこと
剣を抜き振り返ると、殿下がこちらを見て呆然としていた。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。見事だった」
「うん。素晴らしい戦いぶりだったよ」
そう言ってエノクは小さく拍手をした。オレの戦いぶりなど今はどうでもいい。
「ディオンは?」
「……殿下、こっちは任せるね」
「うむ」
魔族から離れ、ディオンのもとに駆け寄る。ディオンのそばでアザレアがこちらをみていた。
「大丈夫。眠っているだけだよ」
オレの意を察したアザレアがそう言った。ディオンは変わらず血まみれではあったものの、先ほどよりも穏やかな呼吸をしている。……この様子なら大丈夫だろう。
「ありがとう、アザレア」
ほとんど無意識にアザレアを抱きしめていた。アザレアは一瞬だけ戸惑ったようだが、やがてゆっくりと腕を背中に回した。
「ううん。お礼を言うのは私の方。……ありがとう、ルーク」
「……?何の話だ?」
「お二人さーん?いちゃつくにはまだ早いよ~?」
「!!」
エノクの言葉に驚いたアザレアが勢いよく離れてしまった。少し名残惜しい。
「あはは……では改めて。ありがとう、エーシュ嬢。……正直、少し諦めてたんだ。だから本当にありがとう」
「エノク様……。いいえ、当然のことをしたまでですから」
「当然、か」
一瞬だけエノクが遠い目をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「さあ今度こそ屋敷へ戻ろう。ルーク、ディオンは任せるね」
「ああ」
屋敷に戻った後、助けた傭兵から魔族に襲われた時の話を個室聞くことになった。傭兵は何度も嗚咽を漏らしながら語った。
元は5人で救助活動をしていたらしい。仲間の一人が『誰かの呼び声がする』といい始め、耳を澄ませると確かに呼ぶ声が聞こえた。声の主探していると、いつの間にか仲間が減っていることに気が付いた。その仲間を探していると、いつのまにかもう一人仲間が減っていた。恐ろしくなって逃げようとしたとき、突然あの二足の獣が現れたらしい。獣は仲間の一人を叩き潰すと、そのまま食べてしまったらしい……。残った二人で逃げ出したが、もう一人は捕まってしまった。助けるなんて考えも浮かばずに逃げ出したらしい。
「人が喰われるなんて、思ってなくて……。うっ、うぇっ……」
「ありがとう。生き残り、これを伝えてくれたこと。僕はあなたに敬意を表する」
エノクの言葉を聞いて、傭兵は泣き崩れた。オレ達はその場を離れた。