86話 蠢く影
エノクの魔法のおかげで暗いはずの洞窟の中も問題なく進むことができている。本来は陰になりそうなところまではっきり見えて若干気持ち悪いが、それは仕方がない。いつ魔物に遭遇してもおかしくない状況で、慎重に歩みを進めていく。しかし、結構歩いたにもかかわらず魔物と遭遇しない。
「魔物、全然いないな」
「ルーク、そういうこと言うと……」
「グオオオオッ!」
「魔物っ!?」
突如として目の前に魔物が現れる。オレは咄嗟にアザレアを後ろにかばう。
「ほらね……よっと」
「グオッ!オオォ……」
エノクが魔法を放つと、魔物はその場に崩れ落ちた。
「……一撃?一体何をしたんだ?」
「魔物ってね、核……人間でいうところの心臓を潰せば一撃で倒せるんだよ。だから中級魔法で核を貫いたんだ」
「コイツはさも当然のように言ってるが、核の狙撃は普通不可能だからな。真に受けるなよ」
「正確に魔法を当てるのって、結構難しいんだよ」
「そうなのか……」
アザレアが小声で教えてくれた。好きなように軌道を調整できるイメージがあったが、そうでもないらしい。
「そもそも属性で向き不向きがあってね、光属性は収束することで威力を発揮するから、狙撃は得意だけど複数の殲滅には向いてない。けれど洞窟は閉所だから、体が大きい魔物は活動できる数が限られる。つまり光属性の独壇場というわけだね」
「というわけだから道中はエノクに任せておけ。魔族との戦いに備えてできる限り温存するんだ」
殿下とエノクは再び歩き始める。その後も現れた魔物はエノクがすぐに処理してしまった。
しばらく歩き続けると、やがて異音が聞こえ始めた。
「……何の音だ?」
「それはもちろん、食べる音だよ」
「食べる、音……」
折れるような、すりつぶすような、低く響く、そんな嫌な音が聞こえ続ける。
「臭いもひどいかと思っていたけれど、そうでもなかったね。案外お上品みたいだ」
腐臭のようなものは確かにしない。お上品かどうかともかく、見かけ上はひどい有様にはなっていなさそうで安堵する。
「さて、そろそろ魔族とご対面だ。覚悟は良いな?」
「はい!」
意を決し歩みをを進めると、細い道の先に黒い何かが蠢いているのが見える。こちらに気付いていないのか、それとも意に介してすらいないのか。巨大な何かはただひたすらに何かを貪り続けている。道を抜け、開けた場所に出ると、ようやくその全貌が見える。そこには、屋敷を軽く超えるほど巨大な、巨大な『蠅』が、何かを食らい続けていた。