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8話 そうなっていたかもしれないから
「というわけで約束通り教えてあげたから今日はちゃんと休むこと!」
重い空気を断ち切るように、エノクが立ち上がった。
「わかってる。……おやすみ、エノク」
「ん、おやすみ」
力なく微笑んで、エノクは部屋から出ていった。
エノクが教えてくれた話は、オレにとっては少しだけ遠い話に感じた。オレは、自分が不幸だと思っていた。暖かい家、温かいご飯、優しい家族。そのどれもがオレにはなくて。あったのは冷たい寝床、誰かの食べ残し、買い主からの暴力だった。
羨ましかった。なんの心配もなく眠ることのできる人間が。
羨ましかった。腹を空かせる心配のない人間が。
羨ましかった。愛されていると、なんの心配もなく確信できる人間が。
オレは今その内の2つを手に入れた。寒さに震える必要のない居場所、出来たてのご飯。だからオレは、きっと幸福な方なんだ。だから遠く感じたんだ。使い捨てられた彼らの気持ちを、オレは想像できなかったから。いや、違う。想像したくなかったんだ。オレも、そうなっていたかもしれないから。
目を閉じると、泣き声が聞こえたような気がした。