76話 深い悩み
休憩室に着くと、アザレア嬢はおぼつかない足取りで椅子に座った。オレは彼女に飲み物を差し出す。ありがとうと小さな声で言いながら、彼女はグラスを受け取った。
「調子はどうですか?」
「もう大丈夫。……心配かけてごめんね」
アザレア嬢がグラスを空にした頃何気なく問いかけると、どこか居心地が悪そうに彼女は答えた。
「離れたことを気にしているのですか?」
「……うん」
「あの人達ならきっと任せて大丈夫です。信じましょう」
オレの言葉を聞いたアザレア嬢は俯いてしまった。そして小さく首を振った。
「本当は……私は……」
そこまで言ってアザレア嬢は顔を覆ってしまった。彼女が何に思い悩んでいるのか、全く検討もつかない。かける言葉に悩んでいると、突然入り口の扉が開いた。
「ここにいたか、エーシュ嬢」
入ってきたのは殿下だった。アザレア嬢が立ち上がり、お辞儀をした。
「殿下、来てくださったのですね」
「ああ、既に見える範囲の魔物は滅魔の炎で焼いておいた。夜までは猶予があるだろう」
「良かった……」
安堵した様子のアザレア嬢の正面に殿下が立つ。
「モアハヴァ嬢と共に戦線を維持してくれたと聞いている。ありがとう。貴方達のお陰で多くの人が救われた」
そう言って、深く頭を下げた。
「殿下!?どうか頭を上げてください!当然のことをしたまでですから!」
帝国の若き太陽、とまで言われる皇太子がこうも深く頭を下げるというのは確かに異例なことのはずだ。
「礼を言うのは当然のことだ。エーシュ嬢はそれだけの事をしたのだからな」
だが、殿下はさも当然とでも言うようにはっきりと言い切った。
「ですが……」
「それに今は誰も見ていない。皇太子としてではなく、帝国に生きる者の一人として貴方に礼を言っているんだ」
食いさがるアザレア嬢に殿下はウインクしながら軽い口調でそう言ったが、アザレア嬢は暗い表情をしたあと俯いてしまった。殿下は何かを言いかけたようだが、結局やめてしまった。
「では、作戦会議があるから俺はこれで失礼する」
「私も一緒に行きます。もう十分休めましたから」
「……そうか。では行こう」
「オレもご一緒してもいいですか?」
「ああ、勿論」
グラスを片付け休憩室を後にする。アザレア嬢はずっと暗い表情のままだった。