7話 犠牲ですらない者たち
世界観の説明回です
ほんのり胸糞悪いかもしれません
「入ってもいい?」
「ああ」
エノクが扉を開けると、アワンさんが小さくお辞儀をした。
「大丈夫そう?」
エノクはどこか不安そうな表情でアワンさんに問いかける。
「はい、食欲もあるようですし、問題ないと思います」
そんなエノクの問に対して、アワンさんは淡々と答える。
「そっか。よかった」
エノクは安堵したように微笑んだ。
「では私は外で待機しております。ご用があればお呼びください」
アワンさんは再び小さくお辞儀をすると、部屋を出ていった。
「悪い、すぐに準備をする」
エノクが来たということは、勉強を教えに来たのだろう。そう考え急いで準備をしようとするが
「いいって、今日はしっかり休みなよ」
少し呆れたようにエノクがそう言った。だがオレは勉強がしたい。
「でも……」
「でもじゃない」
「……」
「なに?」
「このやり取り、さっきもアワンさんとやったなって」
なんだかおかしくて少し笑ってしまう。
「さすがアワン、よく分かってる」
エノクは何故か得意げだ。
「とにかく今日のお勉強会は無しだよ。ちゃんと寝て」
が、譲ってくれる気はないらしい。
「むぅ……なら代わりに聞きたいことがある」
「何?」
「カインはどうしてオレの剣術指導を引き受けてくれたんだ?」
彼はオレを嫌な目で見なかった。それどころか、まるで人間の子供の相手をするように接してくれた。普通ではありえないことだ。
「あぁそれは……」
エノクは少しだけ迷うような素振りを見せる。
「彼は元傭兵で……彼なりに色々と思うことがあったんだよ」
騎士のように見えたが、そうではなかったのか。思うこと……とは何なのだろうか。
「あ、今は騎士だからね。3年くらい前にスカウトしたの」
オレの考えを読んだかのように、エノクが言葉を続ける。
「あんまり気持ちのいい話じゃないけど……それでも聞きたい?」
「これから世話になる人だろ。……悪い人じゃないとは思うけど……やっぱり、なんであんなふうに接してくれるのか知っておきたい」
「……わかったよ」
小さくため息をつくと、エノクは語り始めた。
「傭兵と言っても、大きく2つに分けられてね、魔法が使える傭兵と、魔法が使えない傭兵に分けられるんだ。あ、戦闘用の魔法って見たことある?
「火をつけたりとか、そんなのしかない」
「まぁそうだよね。戦闘用の魔法ってそんな可愛らしいものじゃなくてさ。この屋敷を簡単に吹き飛ばせちゃうくらいの威力があるんだ」
「そんなに凄いのか?想像がつかないな」
「それくらいの威力がなきゃ魔物を倒せないからね。戦ってくれてる人たちには頭が上がらないよ」
「で、話の続きなんだけど、魔法の使えない傭兵の主な仕事は魔物の足止めなんだよね。魔法の準備が整うまでの時間稼ぎ。威力が高いものはどうしても準備に時間がかかるから、準備ができるまで魔物を引きつけるんだ。でも、魔法じゃなきゃ倒せないような魔物の気を引くのなんて、すっごく危ないでしょ?だから……」
エノクが言い淀む。催促するように目配せすると、続きを話し始めた。
「傭兵が足止めする前に、奴隷たちが囮になるんだよ。老若男女問わず、売れ残った奴隷が……ね。で、魔法が発動する前に傭兵達は退避するんだけど、奴隷はそれが許されない。最後まで魔物を引き付けなきゃいけないんだ。拠点の近くで魔法が発動したら危ないからね。戻ってこさせるわけにはいかないんだ。当然だけど、屋敷が簡単に吹っ飛ぶほどの魔法に巻き込まれて生きていられるわけがない。だから、魔物が現れるたびに、たくさんの獣人が犠牲になる」
そこまで話し終えると、エノクは一呼吸を置いた。
「カインは奴隷がそんなふうに扱われることに疑問を感じてたんだ。だから、彼は獣人に優しいんだ」
「……そうだったのか」
「そういうわけで、カインのことは信じて大丈夫だよ」
「わかった。……話してくれてありがとう」
「……どういたしまして」