69話 小さな嘘
アザレア嬢は、少し心配するような表情をしていた。
「エノク様と何かあったの……?」
「いや、その……なんでもないです……」
エノクがオレと貴方を恋仲にしようとしています。などと言えるはずもなく。オレは口ごもることしかできなかった。
「……そうなの?なら、今大丈夫?」
「? はい、なんでしょうか」
「いい夜景が見える場所があるって聞いたの。一緒に行かない?」
アザレア嬢が、少しだけ首をかしげながらオレの目を見る。オレは、彼女の瞳をなぜか見ることができなかった。
「…………」
「ルークくん?」
「あ……すいません、行きましょう」
「? うん!」
アザレア嬢は少しだけ不思議そうな表情をしたが、すぐに笑顔に戻った。これはエノクのせいだ。変なことをいうから、余計な意識をしてしまったんだ。
エノクに行き先を伝えたあと、オレたちは高台へやってきた。月明かりのない海はどこまでも暗く、エノクに貰った灯りがなければ、すぐ目の前でさえ見えない。
「見て、ルークくん!」
アザレア嬢が指差す先には、いくつもの灯りが見えた。どうやらあれが街らしい。
「あれが傭兵の街……」
首都から遠く離れた辺境の地。にも関わらず、傭兵の街は大きく栄えていた。元は強力な魔物が数多く現れる地ということで、規模の割に人の少ないまちだったという。だが、エノク主導で対魔物の戦術や傭兵の待遇を改善した結果、多くの傭兵が集まるようになったらしい。傭兵が集まれば商人も集まり、いつのまにかかなり人口が増えたそうだ。
「……少し遠いですね」
街は見えるものの、距離はそれなりにある。夜闇に浮かぶ灯りはきれいだが、流石に遠すぎる気がする。
「実はね、嘘なの」
「え?」
アザレア嬢は俯いたまま平坦な声でそう言った。
「いい夜景が見えるなんて、嘘。ここからじゃ遠くて、大した夜景なんて見えないよ」
「どうして、そんな嘘を……」
「ふふふふ……それはね……こういう事だよ!!」
アザレア嬢が大きく手を振るのに合わせてオレは身構える。どうやら上になにか投げたらしい。
「目を閉じて!」
アザレア嬢が叫ぶ。オレは咄嗟に目を瞑る。すると、眩しい程の光が瞼の裏で輝いた。一体何が……目を閉じたまま考えていると遠くの方で大きな音が何度も鳴り始めた。
「もう目を開けていいよ!」
轟音のなか、かろうじて聞き取れた声に従って、ゆっくりと目を開けると……空の上で、光が咲いていた。
「これは……」
「エノク様特製の花火だよ! 驚いた?」
「はい、凄く」
花火。祭りの日に空に上がるうるさいもの。そんな認識だった。相変わらずうるさい。けれど……初めてまじまじと見たそれは、想像していたよりも美しくて、思わず見惚れてしまった。