62話 海へ
「わ〜!すご~い!」
窓の外を見たアザレア嬢が声を上げる。見渡す限りの青……海が、そこには広がっていた。
なぜオレたちが海に来ているのかというと、エノクがツフェイに海を勧めているところを殿下が見ていたらしい。そこから殿下も行きたいという話になり、せっかくなら皆で行こうという話になり……今、海が見えるところまで辿り着いたというわけだ。
「ほら見て、ルークくん!」
「綺麗ですね……!!」
エノクの言っていたとおり、とても美しい光景だった。首都からヘレルの屋敷へ、屋敷から西端まで……とても長く辛い旅路だったが、それだけの価値は確かにあったと思えるほどだった。窓の外をじっと眺めていると、アザレア嬢がこちらを見ていることに気がついた。
「……?どうかしましたか?」
「あっ!ううん、なんでもないよ!」
たまにアザレア嬢はオレをじっと見つめてくることがある。最近になって気付いたが、どうやら耳を見ているようだ。声をかけるとすぐに目を逸らしてしまうので理由はわからないが、多分悪い理由ではない気がする。……まぁ、無理に聞く必要もないだろう。
馬車はやがて大きな屋敷の前に止まった。ヘレル家の別荘らしく、夏の間は避暑地として、皇家が滞在することもあるそうだ。そのためヘレル本邸に劣らぬ程に大きく豪華な建物になっている。
「これが有名な西端の別邸か……」
「私、本当にここにいていいのか不安になってきましたわ……」
ツフェイとモアハヴァ嬢は屋敷を見て固まっている。屋敷の大きさもそうだが、皇帝も来ることがある、というのがプレッシャーらしい。
「細かいことは気にせず自分の家だと思ってくつろいでね」
エノクは軽い調子でいうが、二人の緊張にはあまり効果がないようだ。そんなやり取りを見ていると、後ろから馬車がもう一台やってきた。
「足元に気をつけて、ヤフェ」
「ありがとうございます」
馬車からは殿下とガブリエル嬢が降りてきた。殿下から自然な動作で差し出された手を、流れるようにガブリエル嬢は取った。ただ馬車から降りるだけだというのに美しさを感じる。絵になる、とはああいうのを言うのだろう。
「揃ったね。それじゃあ中に入ろうか。案内よろしく」
「はい。皆様、こちらへ」
執事のような人が迷いのない足取りで歩いていく。オレたちは彼を追って屋敷へと入った。