6話 嬉しそうな気がした
「はあっ、はあっ……」
「よく頑張ったなー!えらいぞー!」
無事10周を走り切ることに成功したオレは無事死にかけていた。とっくに走り終えていたディオンは涼しい顔で素振りをしている。どういう体力してるんだ?
「いやぁ、途中で止めようかとも思ったんだが、なんとしても走り抜くって意思を感じてなぁ、つい見守っちまった!」
そう言いながらカインはオレの頭をワシワシと撫で回し続けている。
「オマエは休んでていいぞ!オレはディオンを見てくるな!」
カインがディオンの元へ向かう。オレは近くに腰掛けようと歩き始めたが……
(やばい……クラクラ、する……)
そのままオレは意識を失ってしまった。
「……!」
目を覚ますと、そこはオレの部屋だった。全身が酷く痛む。
「お目覚めですか」
淡々とした女の声が響く。彼女は……
「アワン、さん……」
エノクの専属の女中である彼女は俺の身の回りの世話もしてくれている。
「無理をしないでください。運動のしすぎで倒れたと聞いています。今日は安静にしていてください」
「でも……」
「でももだってもありません。貴方が今すべきことは、しっかりと休むことです」
「はい……」
丁寧な、しかし毅然とした口調で諭される。平民であるにも関わらずオレの世話を任されている彼女は、オレが奴隷だからといって決して雑に扱うことはなかった。その証拠に、エノクに対しても彼女はこんな感じだ。
「食欲はありますか?」
「……はい、少しお腹が空きました」
「では軽く食べられるものを用意します。少々お待ち下さい」
そう言って彼女は部屋から出ていった。
彼女はエノクに恩があるらしい。
「私の過去など気にする必要はありません」
と一蹴されてしまい詳しくは聞けなかったが、平民が伯爵子息の専属であるという時点でとんでもなく異例なことらしい。だから彼女はエノクに誠心誠意仕えているそうだ。カインとディオンも名字を名乗らなかったから、おそらくは平民だ。彼らもアワンさんと同じように何か恩があるのだろうか。そんなことを考えていると、ノックの音が響いた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
彼女は一口大のサンドイッチを数個持ってきてくれた。屋敷の料理人が奴隷の為に料理を作るわけにもいかないため、オレに出される料理は彼女の手作りらしい。
「おいしいです。いつもありがとうございます」
「お気になさらず」
言葉こそ冷たいが、どこか嬉しそうに見えた気がした。