50話 良くない展開
「いくら縛られてるとはいえ、放置して大丈夫なのか?」
サムソンを部屋の隅に移しながら尋ねる。
「あぁ、8時間は起きないはずだから大丈夫だよ」
エノクは軽い調子で答えた。明かりを消し、ベッドに横になる。サムソンは動きもしないが、妙に気になって仕方がない。だが、そう思っていたのも束の間、気が付けば眠りに落ちていた。
夢の中で、誰かが叫んでいた。助けを求めるような、そんな叫び。でもオレは眠たくて……目を閉じてしまった。声がだんだん遠くなって、やがて聞こえなくなった。
目を覚ますと、すっかり朝になっていた。ディオンは既に起きたのか、ベッドにはいなかった。そういえば、とサムソンが居たはずの方へ目を向けると、そこには誰もいなかった。
「……?」
もしかすると、夜中に目を覚まして移動したのかもしれない。そう思い辺りを見渡すが誰もいない。縛られていたから、移動はできても自力で外には出られないはずだ。エノクは殿下と相談すると言っていたし、ディオンと一緒に連れて行ったのかもしれない。そう思い、念の為エノクの部屋を覗いてみると……そこには、ベッドで眠るエノクがいた。ならば、サムソンはどこへ?いくらディオンといえどあの状態のサムソンに手は上げないだろうし……そう考えていると、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ルーク、大変だ、サムソンが居ない!!」
「なに!?」
珍しく慌てた様子のディオンが荒げた声でそう言った。どうやらサムソンは本当にいなくなっていたらしい。だがどうやって?
「うーん……どうしたの……?」
「大変ですエノク様、サムソンが居なくなりました」
ディオンの言葉に、寝ぼけていたエノクが目を見開く。
「は!?マジで!?」
「はい、目を覚ましたときには姿がありませんでした」
「これは……良くない展開かも……」
エノクの表情が曇る。先程の慌てようといい、状況の悪さを物語っていた。
「僕の判断ミスだ。昨日、殿下を叩き起こしてでもサムソンを連れて行くんだった……!」
そう言いながら、エノクは慌ただしく身支度をする。
「いったいどうしたんだ?なにがマズいんだ?」
「多分サムソンはメトフェスに連れて行かれた。僕達が気付けなかったのは、風の魔法で音を遮断されたせいだと思う」
メトフェスが……証拠隠滅の為に連れ戻しに来たのだろうか?ここに運ぶまでにサムソンを隠したりしなかったから、どこかで見られたのだろうか。だが……
「サムソンからはこれ以上情報も引き出せないんだろ?なのにそんなにマズいのか?」
「それとは別件。昨日言ってた心当たりってやつ。でもごめん、説明してる暇がない。とりあえずこれ持ってて」
エノクは机から取り出したものをオレとディオンに差し出した。ネックレスのように見える。これもなにかの魔装具だろうか。
「もしも僕のいない間にサムソンと会ったら……それを握り締めながら逃げて。見かけても絶対に話しかけようとか、捕まえようとか考えないで」
「どういうことだ?サムソンならそこまで警戒しなくても……」
「見た目だけサムソンの、別の何かになってる可能性があるんだ。そしてそれは……少なくとも、今の君達では絶対にどうしょうもない」
「別の……何か……?」
「とにかくそういうことだから!二人共、絶対逃げてよ!?」
そう言いながらエノクは部屋を出ていった。
「一体何が起こってるんだ……?」
見た目がサムソンの別の何か。それが何なのか、さっぱりわからない。それはディオンも同じようだ。
「俺にもわからないが、エノク様があそこまで言うんだ。サムソンには警戒しよう」
「そう、だな」
釈然としないまま、オレ達は教室へ向かった。