5話 少年は走り始めた
気付けば冬が訪れていた。エノクの言葉通り、3食の保証と殴られたりはしないという約束は守られていて、エノクと一緒でないと部屋の外に出られないこと以外は快適に過ごさせてもらっている。とはいえエノク同伴でも屋敷の外には出られないし、部屋から出たところで使用人達から嫌な目で見られるから、基本的には出ないようにしている。その代わりにオレはエノクに勉強を教えて貰っている。文字の読み方とか、計算の仕方とか、国の歴史とか……最初に勉強する様に提案したのはエノクだった。使い道がない、と一度は断ったがいつかやりたことを見つけるのに役立つだろうからと押し切られ、勉強をすることになったのだが、今はただ単純に学ぶのが楽くなった。覚えがいいから教え甲斐があると言われたが、多分エノクの教え方が上手いだけだ。
そんな生活が続いていたある日のこと。部屋で自習をしていると、
「ルーク、ちょっと来てくれる?」
と、突然エノクに外へと連れ出された。
「どこに行くんだよ?」
「練武場の隅っこ」
「なんでそんなとこに?」
「行ってみてのお楽しみ〜」
辿り着いた練武上の隅っこには、オレと同い年くらいの少年と、おそらく騎士であろう大柄の男がいた。
「じゃあまずカインから自己紹介よろしく!」
エノクの言葉を聞き一礼をした大柄の男が一歩前に出ると、
「オレはカインだ!オマエらの剣術指導を担当することになった!よろしくな!」
と、よく通る声でそう名乗った。……剣術指導?
「ディオンだ」
困惑するオレをよそに、同い年くらいの少年が無表情のままそう名乗った。そしてエノクがオレに振り返ると、残りの4つの目が一斉にオレを見た。
「ルーク、です」
「よろしくなぁルーク!」
そう言いながらカインが手を伸ばす。殴られるかと思い身構えるが、頭を強く撫でられただけだった
「大丈夫そうだね。じゃあ僕は戻るね」
「はい、オレにお任せください!」
「まっ……」
オレの静止も虚しく、エノクは一度だけ振り向いてウインクをすると、部屋へと戻ってしまった。ちらりとカインを見ると、彼もオレを見ていたようで、目が合ってしまった。
「ははは、そんなに怖がらないでくれよ。取って食ったりしねぇって」
カインは朗らかに笑う。実際、彼はオレを嫌な目で見たりはしなかった。信じてもいいのか……?
「さっきも言ったが、オレがお前らに剣術を教えてやることになった!なんでも、素晴らしい才能を秘めてるらしいじゃねぇか!」
彼にそんなことを伝えたのはエノクなのだろうが……
「剣を持ったことなんてない……です」
「見りゃわかる。そんなヒョロヒョロな時点でな!」
彼からすれば、オレは細い木の枝にしか見えないのだろう。
「そんな体じゃあ剣を振り回せねぇだろ。まずは体作りだ。とりあえずここを10週な」
「……10?」
「おう。でもできるとこまででいいぜ。あんま無茶させるなって言われてるしな」
横で無言のまま聞いていたディオンが一足先に走り始めた。
「ほれ、早くしねぇと置いてかれるぞー?」
なんでいきなり剣術を教えられることになったのかはさっぱりわからないが、久しぶりに出た外は少し肌寒いが気持ちよくて……オレはディオンを追いかけて走り始めた。