2話 きっと気まぐれだから
部屋が与えられた。オレを買った少年……エノクの部屋のすぐそばの部屋だ。これでもかという程に愛嬌を振りまき、エノクはオレの部屋を勝ち取った。
「お父様は僕に弱いんだ。ちょっと上目遣いでお願いすればこの通り」
と、自信満々に言ってみせる。
「僕の武器はまだこれしかないからね。使えるものは使わないと」
エノクはそう言って、何処かを見つめる。そしてオレに振り返ると
「君も、僕を利用していいんだよ?今君の持てる最大の武器なのだから」
そう言って彼は微笑んだ。自らを利用しろ、と貴族の少年が奴隷に向けてそういったのだ。きっと単なる気まぐれだ。気を許してはいけない。
「まぁ、限界はあるけどね。奴隷じゃなくしてほしいってお願いは……流石に叶えてあげられない」
一瞬だけ歯痒そうな顔をしたエノクは、すぐに笑顔に変わると、
「でも、僕にできることは可能な限り叶えるよ。だから、教えて。君は、何がしたい?」
そう、オレに聞いた。
オレはエノクの問いに答えることができなかった。ずっと、奴隷として働かされていたから。何をしたいかと聞かれても、わからなかった。
「……そっか。したいことが見つかったら教えてね」
そう言って彼は部屋を出ていった。広い部屋の中に、取り残されてしまったのだ。綺麗な床。柔らかい絨毯。大きな椅子とテーブル。ふかふかの布団とベッド。どれも奴隷の身には余るものばかり。オレは扉の横の角に座り込んだ。なんだか酷く疲れた気がして、すぐに眠ってしまった。