16話 何をしたいのか
「もしも、仕返しすることが出来るとしたら……君はどうしたい?」
長い沈黙の後。エノクは唐突に、オレに問いかけた。だが、それは無理なはずだ。
「相手は貴族だから、厳重注意以上のことはできないんだろ?」
しかしエノクはまるで最初から用意していたかのように答える。
「実は一つだけあるんだ」
「……なにするんだよ?」
「決闘だよ」
決闘。個人、もしくは家門の名誉を守るために剣を交えること。貴族か平民のみが行うことができる。そう習った。だが、一つ問題がある。
「どういう理由で決闘するんだ?……オレに手を出したことについては、大した罪に問えないんだろ?」
貴族が奴隷に手を上げるのは法律上なんの問題もない。だからこそ、奴は注意で済んでいるのだから。
「実はそうでもないんだよ。君は一応僕の所有物って扱いだから。僕のものに故意に手を出した、つまり僕を侮辱したってことにすればいい」
「そんなんでいいのかよ……」
決闘は双方の合意があって成立する。こんなほぼ難癖な理由なら相手は無視をすればいい。だが、エノクには確信があるようだ。
「いいんだよ、これで。向こうは受けざるを得ないから」
エノクは、一瞬だけ蔑むように笑った。
「まぁ今はそんなことはいいんだよ。大事なのは、決闘は代理人を立てられるってことさ」
「基本的に騎士は自分で戦うんだけど、本当に、とても残念なことに僕は騎士ではないからね、代理人を立てることができてしまうんだ」
もちろん全く残念そうじゃない。
「で、僕は君に代理人になってもらいたいと思ってる」
まるでとても簡単なことのようにエノクは言った。だが代理人になるということは、即ちエノクの名誉を背負うということ。奴隷でしかないオレが。
「オレには、相応しくないよ」
きっとあらゆる人が分不相応であると嘲笑うのだろう。
「そっか。でも君は、それでいいの?」
エノクが立ち上がり、嘲るようにオレを見る。
「……何?」
「普通の人間みたいに生きたいんでしょ?だけど、君はきっとこれからも、この狭い部屋の中で生き続けるんだろうね。普通に生きたいのだと、ただ嘆いて」
オレは思わず立ち上がり声を荒げる。
「オレが代理人になったら、バカにされるのはオレだけじゃない、エノクもだぞ!?奴隷に名誉を託した愚か者だと!!……オレに任せるべきじゃない。代理ならディオンや、カインに頼めよ」
だがエノクはまるで意に介さないように言葉を続ける。
「僕のことなんて今はどうでもいいよ。悔しかったんでしょ?今、君の目の前にアイツを見返すチャンスがあると言うのに、何故手を伸ばさないの?」
見上げる蒼い瞳がオレを見据える。
「君はまだ、自分では何もできない奴隷なの?」
「……ちがう」
オレはもう、自分が何をしたいのかわかる。分かるようになったんだ。皆のおかげで。でもまだ怖かったんだ。自分から手を伸ばすのは。けど、ここで手を伸ばさなきゃ、何も変わってないと同じだ。それはダメだ。
「オレは、アイツを見返したい」
蒼い瞳から目を逸らさずに、しっかりと合わせる。
「決闘代理人を、オレに任せてくれ」
「……そうこなくちゃ」
蒼い瞳が満足そうに細められた。
とりあえずこのシーンを書きたくて話を進めてたんですけど、
当初の予定とは大分雰囲気が変わっちゃいました。
無計画の賜物ですね。