15話 それ以外の生き方
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。それに安堵し、体を起こそうとすると、全身を痛みが襲った。オレに日常を思い出させたあの出来事は、夢などではなかったらしい。白い包帯が至るところに巻かれていた。
いつの間にか見慣れた天井、丁寧な手当……どれも奴隷には過分なものの筈だった。オレはいつの間にかそれを受け入れていた。オレを救い出してくれた奴がいた。オレの面倒を見てくれた人がいた。オレに剣を教えてくれた人がいた。オレと共に剣を教わる奴がいた。だから、オレは勘違いしてしまったんだ。「人間」のように生きていいんだって。明日に怯えずに生きていいんだって。でも違ったんだ。オレは、どこまで行っても奴隷でしかなかったんだ。
ノックの音が響く。返事をすると扉が開かれた。
「……目を覚ましていたのですね」
包帯を置いたアワンさんは
「皆様を呼んできます」
そう言って小走りで出ていった。
ノックの音が再び響く。
「ルーク、入るよ?」
エノクの声だった。
「あぁ、大丈夫だ」
勢いよく扉が開かれると、カインたちが部屋の中に入ってきた。
「ルークぅぅぅ!!!ごめんなぁぁぁ!!!」
「お静かに。彼は怪我人なのですよ」
大泣きしているカインをアワンが諌める。結局泣き止む様子のないカインはアワンと一緒に部屋を出ていった。
「すまない、ルーク。俺があのとき最後まで見送っていれば……」
いつでも無表情なあのディオンが、心底悔しそうにしていた。
「いや、オレが油断したせいだ。お前は悪くない」
「そーそ、悪いのはアイツだから、ディオンは気にし過ぎないで」
オレの言葉もエノクの言葉も、彼への慰めにはならなかったようだ。拳を強く強く握りこんでいた。
「少し、頭を冷やします……」
そう言うと、ディオンは部屋を出ていった。
「ルーク、大丈夫?」
エノクが首をかしげ、オレに尋ねる。
「ああ、見ての通り、オレは大丈夫だ」
努めて普段どおり。オレは答えた。
「……そっか」
一瞬だけ視線を落としたエノクは、視線を上げると真剣な表情で話し始めた。
「大体何があったのかは聞いてるよ。君は事件から2日程寝込んでしまったけど、幸いと言っていいのか、骨は折れていないから、1か2週間程度で完治すると思う」
「そうか。アイツ……サムソンはどうなったんだ?」
「厳重注意を受けておしまい」
「……そうか」
「相手が貴族だからね。たとえ君を死にかけさせたとしても、アイツは怒られるだけ。君にしたことなんて次の日には忘れて生きていくんだ」
「しょうがないさ。相手は貴族でオレは奴隷だから」
しょうがない。そう、しょうがないんだ。オレは、今でも過分に幸福なんだ。
「……本当にそう思ってる?」
「ああ」
「ウソだね。耳、下がってるよ」
「!!!!」
慌てて耳を隠すと、エノクは小さく笑った。
「嘘だよ」
「騙したな!?」
「先に嘘をついたのはそっちだよね?」
「別に嘘はついてない!……本当にそう思ってる、本当だ」
「無理に納得なんてしなくていいんだ」
エノクは優しく微笑んでそう言った。
「……」
「ここに君を蔑む者はいないよ。だから全部吐き出しちゃいなよ」
エノクはそう言って、ただオレの言葉を待ち続けた。だからつい、漏らしてしまったんだ。
「……悔しかった」
「うん」
エノクはただ頷いた。なぜか、全部吐き出したくなってしまった。
「なんで獣人ってだけでこんな扱いを受けなきゃいけないんだよ……なんで普通の服を着ちゃいけないんだよ……!?なんで剣を習っちゃいけないんだよ!?」
熱い涙が頬を伝う。
「貴族になりたいなんて思ってねぇよ!!!ただ!!!ただ……っ、普通の、『人間』みたいに、生きたいだけだよ……」
息が跳ねてうまく話せない。こんなに叫んだのは初めてだ。こんなに泣いたのも初めてだ。こんなことをしたって何かが変わるわけじゃない。だから飲み込んでいたのに。でもほんとはもう嫌だったんだ。ただ這いつくばって生きるのは。明日の死に怯えながら生きるのは。それ以外の生き方を知ってしまったから。
奴隷は基本ボロ布を纏っています
普段からルークは豪華な服を着ていたわけではありませんが、
サムソン(フられたストーカー)的にはそれすら気に入らなかったようです
追記
誤字を修正しました。
漏らそて