13話 なんだか嬉しかった
「行くぞ」
「あぁ、毎日悪いな」
エノクが屋敷を発ってから数日が過ぎた。出発前の言いつけを守り、けして一人では行動しないようにしていおり、今もこうしてディオンに迎えに来てもらっている。迷惑をかけているが、確かに効果はあるようで、サムソンに絡まれていない。ディオンとは出会った始めこそ気まずかったが、最近は慣れたもので、むしろ話さなくてもいいのが楽に感じてきた。元から挨拶は返してくれたし、聞けば答えてくれる辺り、単に口下手なだけなようだ。そんなことを考えていると、練武場の隅にたどり着いた。既にカインは待っていたようだ。
「ルーク!!!ディオン!!!おはよーさん!!!」
「おはようございます!」
「おはようございます」
力強い挨拶に思わずつられる。ディオンは相変わらずだ。
「うし、じゃあいつものな!!」
走り込みに始まり、素振りとか色々。走っただけで倒れてたことを考えると、随分な進歩だ。最近は手合わせもするようになったのだが……ディオンはめちゃくちゃ強い。正直オレでは全く相手にならない。カインいわくオレも筋は悪くないらしいのだが、ディオンは別格だ。すぐに越されそうだなー!とカインは笑っていた。
「じゃあ今日はここまでな!おつかれ!!」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
日はほとんど沈み、東の空から濃い青が滲んでいた。特に会話もなく、ディオンと歩いていると、彼は突然立ち止まった。
「どうした?」
「……練武場に忘れ物をしたようだ」
彼にしては珍しく、その表情に若干の焦りが見える。
「大切なものなのか?」
「あぁ、妹に貰ったものなんだが……」
「探すの手伝おうか?」
「いや、目星は付いているから問題ない。屋敷へ向かおう」
そうは言うが、彼はあからさまに気にしている。なのでオレはある提案をすることにした。
「屋敷まですぐそこだし、もうオレは大丈夫だ。早く取りにいけよ」
「だが……」
まだ迷いのある彼に対して、安心させるように言葉を続ける。
「大丈夫だって、オレそんなに頼りないか?」
「そんなことはない」
予想していたよりもはっきりと否定したディオンは、何回かまばたきをすると、
「すまない、向かわせてもらう」
と言って来た道を走り出した。
「また明日な!」
そう声をかけると、彼は後ろ手に手を振った。これだけの距離で大げさだなと思いつつも、気にかけてもらえるのはなんだか嬉しかった。すっかり濃紺に染まった空の下をオレは歩き始めた。