109話 どこにでもいる少年
「お疲れさまでした、ここまでで大丈夫です。1週間、ありがとうございました。エーシュ嬢のおかげで、とても楽になりました」
そう言って軍医は頭を下げる。
「当然のことしたまでですから。それでもお役に立てたのならよかった」
アザレアはそういって謙遜するが、これが当然のことじゃないのは誰が見ても明らかだ。怪我人の世話なんて重労働を自分からやりたがる人なんて、そうそういないと思う。
「それから……。その、貴方も。ありがとうございました」
軍医はこちらに向けて頭を下げた。予想外の出来事で、少し返答に困る。そもそも誰かを助けたいとか、そんな崇高な理由でやってたわけじゃない。ただアザレアと一緒にいたくて、成り行きで手伝ってただけだ。
「役に、立ったのならよかった」
結局、ついさっき来たばかりの言葉を繰り返すことしかできなかった。
医務室から出て廊下を歩いていると、アザレアがこちらの顔を覗き込んできた。
「……?なんだ?」
「暗い顔してるから、どうしたのかなって」
「そんなに暗い顔してたか?」
「うーん……。いつもとそんなに変わらないけど、少し気になったの」
よく気付くな、と少しだけ驚いた。実際さっきのことで少し悩んでいたからだ。
「……なんで、礼を言われたんだろうと思ってさ」
オレがウリエルの末裔であることをまだ誰にも打ち明けていない。エノク曰くできる限りインパクトのあるタイミングで明かしたいらしい。つまりオレは他の人から見ればまだ奴隷なわけだ。だからお礼を言われたことに驚いてしまった。
「お手伝いをしたのだから、お礼を言われたっておかしくないと思うけれど」
「そういうものかな」
そう言われても腑に落ちないのは、オレ自身が奴隷の扱いを身をもって知っているからだろう。
「……ルークが言いたいたいことはわかるよ。でもね、ルークがほかの人と変わらないって気付いてる人もいるよ。きっと、あの軍医さんもそうだったんだよ」
「そう、なのかな」
こちらを見上げて優しく微笑むアザレアを見ていると、なんだか少しだけ気が楽になった。
「……アザレア」
「なあに?」
「好きだ」
「うぇっ!?」
「ふっ……」
形容しがたい声を上げるアザレアに、思わず笑ってしあう。
「ひどい、笑わないでよ!」
「ごめん、かわいくて」
「かっ……!」
顔を赤らめたままアザレアは固まってしまう。動き始めたかと思うと、後ろを向いて深呼吸をした。
「ルークのそういうストレートに伝えてくれるところ、すっごく好きだけど!だけど!いきなりは良くないと思うな!」
「……確かに唐突だったな。気を付ける」
「まったくもう……」
アザレアが屈めというようなジェスチャーをするので、少し頭を下げる。
「私も好きだよ」
小さな声でアザレアがそういった。
「!!」
「さっきのお返し!」
そう言ってアザレアは走って行ってしまった。……場面は考えよう、と思った。