106話 失脚を願う者
「冤罪ってことか」
「そういうこと」
「なんで、そんなこと……」
数多の魔物から帝国を守る、辺境の守護者。そんなウリエルをなぜ陥れる必要がある?
「僕らを蹴落としたい人間はたくさんいるんだよ。自分の権利のことしか考えてない人たちね。そんな最中、獣人たちが帝国中で暴れまわった。獣人を統べるウリエルを失脚させるにはいい機会だ。まさか滅門まで追い込めるなんて、仕組んだ奴は笑いが止まらなかっただろうね。……けれど結局、主を失ったウリエル領はヘレルが管理することになった。つまりウリエルが失脚させることで得られる利益は、蹴落としたい相手の一つに全て持っていかれてしまったわけだ。敵に塩を送ることになったというわけだね。海だけに」
「……皇族殺しは冤罪だとしても、帝国中で暴れまわった方はどうなんだ?」
「問題はそこだ。耳と尻尾をつければ獣人のフリは簡単にできるとはいえ、国中で同時に大規模なクーデターなんて起こせるほどの人的余裕もはないはず。それに、クーデターを起こす前はもちろん、起こした後も最後まで犯人がバレないなんて不自然だ。少しでも人間が関与した形跡があったなら、先にウリエル以外の家門が罰されるはず。なのに当時、この件で罰を受けた家門は存在しなかった」
「帝国中で起きたクーデターに関与した家門が見つからなかったってことだろ?そんなのありえないだろ」
「そう。ありえないんだよ。だからこそ、すべての責任をウリエルに擦り付けることができたんだ」
「…………」
「でも、今回の件で思わぬ収穫があった。耳と尻尾を持ちながら、二足で歩き、人を食う化け物」
そんな特徴を持つものは一つしかいない。
「ネフィリム……!」
「そう。帝国中で暴れまわったのは……ネフィリムだ」
とはいえ、一つ疑問が残る。
「でも、あんなの見間違えるわけがなくないか?」
獣人の体格は人間とそう変わらない。にもかかわらずネフィリムは人間の倍はある。普通なら見間違えるはずもない。
「当時は獣人ってほとんどウリエル領にしかいなかったんだ。何にも知らない人からすれば、あれが獣人と言われれば信じてしまうとは思わない?実際、獣人を知っているはずの傭兵でさえ、ネフィリムを獣人だと思っていたんだから」
「…………」
「クーデターが起きた後、誰かが耳打ちをしてみなよ。『お前の大切な人を食い殺したのは獣人だ』……って。きっと簡単に騙されてしまうだろうね」
「……そんな」
「こうして民意を味方につけた誰かさんは、見事ウリエルを破滅させましたとさ」