103話 最後の確認
103話
医者の仕事は大変だ。負傷者の世話をするだけでもかなりの重労働になる。そんなわけで、しばらく間手伝いをすることになった。エノクから例の話を聞きたいところではあったが、後処理やら引継ぎやら伯爵の手伝いやらで忙しいようで、結局話を聞けないまま数日が経過した。数日もすれば慣れてくるもので、渋い顔をしつつもオレに文句を言うものはいなくなった。……まぁいるにはいたが、そちらに関してはオレは関わらないでおいた。
「今日もお疲れ様、ルーク」
「アザレアも。お疲れ様」
「うん。……じゃあ、また明日。お休み」
「お休み」
名残惜しそうなアザレアと別れ、自室に戻る。寝るのには少し早いし、これから何をしようかと考えていると、扉が叩かれた。
「ルーク、いま大丈夫?」
「エノクか。ああ、大丈夫だ」
扉が開き、若干疲れた様子のエノクが中に入ってくる。
「いやぁごめんね、忙しくてさ。やっとキリが付いたんだ」
「わかってるよ。それで、あの話をしに来たのか?」
わざわざエノクがやってきた理由。思い当たるのはあの話しかない。オレの言葉を聞いたエノクは小さく笑う。
「その通り。戦いが終わったらと約束したのに、待たせてしまったね」
「そこまで待ってないから気にしなくていい」
実際それなりに忙しい日々を過ごしていたので、そこまで待った感覚はない。……そもそも、あまり期待していなかったというのもあるかもしれないが。
「そう?じゃあさっそく本題に入る……その前に」
エノクは言葉を区切ると、真剣な表情でこちらを見た。
「今更な確認だけど、覚悟できてる?聞いてしまったら、もう後には戻れないよ」
「とっくにできてるよ」
「世界のすべてを知らなくたって生きていける。知らない方が幸せでいられるかも。……それでも、知りたい?」
「ああ」
知ることで不幸になる可能性があったとしても、それでアザレアと共にあることを許されるなら……。迷う要素なんてない。
「本当に強くなったね。あの日怯えていた君とは、もう比べ物にもならない」
懐かしむような、そんな表情でエノクはそう言った。
「……あの日、お前がオレに言ったこと。それと関係があるのか?」
「そうだね。関係あるよ」
君が世界を変えると確信しているから。忘れられるはずもない言葉。それはまるで甘言のようで、その実は福音だった。何も変わらずに終わると思っていたあの日、オレのすべては変わったのだから。未だ理解でき得ぬ言葉の意味を、ようやく知ることができるのだろうか。