1話 そして、少年は天使のように微笑んだ
「パパ、アレほしい!」
綺麗な服を着た愛らしい少年が、オレを指差しそう言った。ズボンを引っ張られた綺麗な服を着た男は、困ったようにオレを見た。
「おねがい、だいじにするから!」
それはそれは愛らしい声と、愛らしい仕草で駄々をこねる少年に、遂に男は折れてしまった。オレの首輪に付いたリードを持った男は下卑た笑みを浮かべながら手を捏ねる。そうして綺麗な服を着た男から小さな袋を受け取ると、汚い声でオレに罵声を浴びせると、リードを男に手渡した。
「ありがとう、パパ、だいすき!」
と、少年は輝くような笑顔でリードを受け取ると、オレを一瞥する。美しい、黄金の瞳が、俺の全てを見透かしたような気がした。
オレは少年と男と一緒に馬車に乗せられた。男は嫌そうな顔をしていたが、少年はまるで気にもせずにニコニコと笑っている。窓の向こうがゆっくりと動き、どこかへと向かう。馬車が止まるその時まで少年は男に喋り続けていた。窓の外を見ると、そこには大きな大きな家があり、沢山の人が馬車の外で並んで待っていた。外から扉が開かれ、男は堂々と外に出る。続いて少年が跳ねるように外に出て……振り返ってオレを見た。
「おいで」と、少年が微笑みながらいう。転ばないように足元も見ながら降りる。地面に足がついたとき、ふと見上げると、沢山の目がオレを見ていることに気づいた。オレの飼い主の男がオレを見るのと同じ目だった。少年が遮るようにオレの前に立つと、
「じゃあぼくのへやにいこう!」
そう言ってオレの首輪を引っ張って走り出した。男や周りの誰かが何かを言っていたが、少年が立ち止まることはなく。オレはただ引っ張られてついて行った。小さな少年の引っ張る力は決して強くなくて、簡単に振り払える気がした。
少年が大きな扉を開けると、部屋の中へオレを引っ張った。オレが入るのを確認して、大きな扉を閉じると……
「あ゛ーー、つっかれた……猫かぶりも楽じゃないよ」
と、今まで見せていた愛らしさは一瞬で消えてしまった。思わず驚いて目を丸くしていると、少年は「はは、いいリアクション」とケラケラと笑った。
「モノ扱いしちゃってごめんね、君を助けるにはあの方法しか思い付かなかったんだ」
申し訳無さそうに少年はオレを見る。
「……」
「もしも~し?……もしかして喋れない?」
「……喋れる」
今度は少年が目を見開いた。
「だよね?心配したじゃん」
そう言って、いたずらっぽく笑う。
「これからは3食は保証するし、殴られたりとかもしないから安心してね」
「……信じられない」
「どうして?」
「オレを助けるなんて、もっとマシなウソをつけよ」
獣人の奴隷。人間と似たような姿を持つが人間ではない。だから、人間として扱ってはもらえない。大人になれば重労働に使えるらしい。メスであれば子供でも価値があるらしい。だが俺は貧弱なオスの子供。その価値は限りなく低い。にもかかわらずオレは奇跡的に買い手がついた。まともに食べることもできず、毎日のように誰かが死んでいく。そんな地獄から抜け出せるのだと思った。だが、買われた先で待っていたのは死んだほうがマシだと思えるような日々だった。殴られたり、蹴られたりするのはいつものことだった。何も食べることができない日もあった。それも全部、この耳と尻尾のせいらしい。誰も、オレを助けてはくれなかった。ゴミを見るような目で無視するならマシな方だった。なのに……今更、オレを助ける?
「それはね、君が世界を変えると確信しているからだよ」
「……え?」
予想外な答えに、オレは呆気にとられる。少年は気にしていないように続ける。
「今はわからなくてもいいよ。でも僕は確信してるんだ」
そして、少年は一呼吸置くと
「だから、これから宜しくね」
と、天使のように微笑んだ。
見切り発車です。何も決まってません!
キーワード詐欺にならないように頑張ります……