3
夜、部屋の中は静寂に包まれていた。
茜は英覚の隣でじっと無言のまま、座っていた。
「そろそろ行こうか」
「どこへ?」
「庭で始める」
英覚と茜は家から外に出た。
夏の夜の涼しい風が吹いている。
英覚は手に巻いた数珠を触った。
微かに緊張している。
これが初めての妖怪退治になる。
死ぬほど厳しい修行の日々を思い出す。
まさかここで自分は死ぬことはないだろう。
しかし、油断は禁物だった。
風が吹いて草木が揺れる。
なんだかそれが懐かしく感じる。
寺で修業をする前の幼少期の記憶が脳裏によぎる。
英覚は深呼吸をした後、呪文を唱えた。
すると辺りに強い風が吹く。
茜は英覚の隣でじっと世界が変化していくのを眺めていた。
黒い人型の妖怪が目の前に現れる。
「お前は誰だ?」
妖怪はそう言った。
「中村英覚。僧侶だ。お前か? この子の両親を殺したのは?」
英覚がそう言うと妖怪は笑った。
「お前らだって他の生物を食べているじゃないか。なぜ俺たちが人間を食べることを咎めるんだ?」
「俺は人間としてやるべきことをやるだけだ」
英覚はそう言って、数珠を握りしめる。
妖怪は英覚に飛び掛かってくる。
「無間燃焼」
英覚がそうつぶやくと、妖怪は燃え始めた。
「お前は誰なんだ?」
燃えながら妖怪はそう言ったが、すぐに煙となった。
茜は隣で怯えながら、事の成り行きを見ていた。
妖怪は消え去り、庭にはただ風が吹いていた。
「あの妖怪を一撃で」
茜はそう言い、英覚を見た。
「悲しいか? 両親を失ったことは?」
「私にはもう誰も頼れる人がいません」
「なら私に着いてくるといい」
英覚はそう言って微笑んだ。
夜に、茜は粥と漬物を二人分持ってきた。
「こんなものしかないんですが」
「僧侶である私からすると贅沢だ」
二人は部屋で食事をした。
「明日の朝、ここを出発する」
「わかりました。私も邪魔にならないように精いっぱい励みます」
英覚はただ部屋の中を見ていた。
彼女が失ったものは大きすぎる。
それを一人で抱えて生きていくのは辛いことだろう。
彼女はまだ若かった。
この先いったいどうなるのだろう。
英覚は自分の呪文の強さに、自分でも少し驚いていた。
十年間の修行は決して無駄ではなかった。
師匠は自分に完全な力が宿るまで寺を出ることを許さなかったのだ。
「今日はもう寝ますか?」
茜はそう言って英覚を見つめた。
「そうだな。明日の朝、日の出と共にここを出発しよう」
茜は部屋に布団を敷き、英覚はその中で眠った。
こんな風にゆっくりと眠ったのは遥か昔のことだった。