運命の出会い
翌朝。
長々と続いた小林室長の朝礼が終わったあと、ユカは佐藤係長にともない中央警察署に出向いた。
刑事の聴取には、ほとんど係長が受け答えをしてくれた。
例のこと。
女性の声を聞いたことは、ユカはこのときも話さなかった。話したところで信じてはもらえなかっただろうが……。
中央署を出ようとしたときである。
「鈴部さん!」
ユカは背後から名前を呼ばれた。
背の高い男が足早に近づいてくる。
男は警察のジャンバーを身につけており、自分と同年代に見えた。
――だれだったかな?
警察に知り合いはいない。
係長もその場で足を止め、まだなにか……そんな表情で振り向いている。
「ごくろうさまです」
男は二人の前にまわりこんで頭を下げた。
――まさか……。
すべてを話していないことに気づかれたということなのか。
「まだなにか?」
ユカはとまどいながらたずねてみた。
「いえ、そうでは……。覚えていませんか? オレのこと」
男が自分の鼻先を指さす。
ユカはフル回転で記憶をめぐらせてみた。しかしだれなのか、まったく思い出すことができない。
「よろしければお名前を……」
「小寺、小寺一郎です。ほら、中学三年のとき、同じクラスだった小寺です」
男は強調するように小寺を連呼した。
「お寺の小寺君?」
ユカは小寺の寺でピンときた。
「はい、法善寺の」
小寺の家、法善寺は中学校の近くにあった。
自分の家系が神社で、そのことをうとましく思っていたユカは、この小寺に同情したことがある。
当然、小寺は住職になる。そう思っていたので、こうして警察官になっているのは意外だった。
「小寺君って、お坊さんになるって思ってた」
「そう、それがこんなところに」
小寺は笑ってから、あらためて係長に向き直った。
「すみません、引き止めてしまいまして」
「いや、ずいぶんなつかしそうで」
それまで一人カヤの外であった係長が、まだなにか? といった顔をする。
「実は私も、今度の件の捜査班の一員でして。なにか思い出すようなことがあったら、ここへ連絡してくれませんか? 申しわけないんですが」
小寺はあわてて財布から名刺を取り出し、係長とユカそれぞれに頭を下げて渡した。
「思い出すといっても、これ以上は……。なあ、鈴部さん」
なあ、そうだろ――そういうふうに、係長がユカの目をうかがい見る。
「あっ、はい。思い出すといっても」
返事が、ついオウム返しになる。
思い出すことはないが、まだ話していないことはあるのだ。
「なんでもいいんだよ」
「なんでもって……」
「アップル、あのとおり密室だっただろ。捜査、てこずってるんだ」
「なら、自殺だったってことは?」
「その可能性はなくもないんだけど、背後から首を刺されていただろ。とにかくなんでもいいんだ」
「うん、思い出したらね」
ユカは心の内を悟られぬよう笑顔を返した。
「じゃあ、またな」
小寺がユカに小さく手を振り、それから係長に向かって頭を下げる。
小寺に見送られ……。
ユカたちは中央署をあとにした。