画廊の絵
「そうよ!」
ふいに智子が声をあげた。
「果物ナイフが消えたの、上から塗りつぶされてたんじゃない?」
「あるよね」
「でしょ」
「でも、だれが?」
「もちろんマスターよ」
「なんでマスターが?」
「ダイイングメッセージとか」
「それじゃあマスター、わかっていたことにならない? 果物ナイフで殺されるってこと」
「そう、マスターはね」
「だったらそのこと、だれかに話せばすむことよ。どうしてダイイングメッセージなの?」
「それはマスターに聞いてみないとね」
智子が首をすぼめてみせる。
「死んだ人には聞けないって」
「ユカなら聞けるかもよ。だって、だれもいないところで声を聞いてるんだし」
「イヤよ。真相は知りたいけど、死んだ人から聞きたくないもん」
「でも、絵はマスターと関係がありそうじゃない。ユカの聞いた声のこともあるしね」
「来るときにも話したけど、その声、一度目はここよって。二度目は、ここから出してって」
「ダイイングメッセージはともかく……」
智子が上目づかいで続ける。
「ここよっていうのは、マスターはここにいるよってことでしょ。ここから出してっていうのは……。うーん、どういう意味なんだろう?」
「でしょ。ここにいるから見つけて、それならわかるんだけどね」
「そうよ! ここってレジじゃないのよ。その声、絵のある方から聞こえたんでしょ。だったら、ここっていうのは絵にならない?」
「なるね」
「それでね、絵から出してって」
「でもね。それじゃあ出してっていうの、絵の女性ってことにならない? 死んだのはマスターよ」
「そっかあ。こうなったら、声の主に聞いてみるのが一番ね。ねえ、ユカ。もう一度アップルに行って、声を聞いてみたら?」
「イヤよ!」
「だよね」
智子が笑って、お好み焼きを小皿に移す。
鉄板にあったお好み焼きが、タレの入った小皿経由で次々と二人の胃袋に収まってゆく。
すべてが胃袋へ移ったところで、智子がおもむろに口を開く。
「今、思い出したの」
「なにを?」
「あの肖像画のこと。あれってあそこに、アップルになる前からあったのよ」
「どういうこと?」
「あそこって、前は画廊だったの。それが閉められたあと、今のアップルになったのよ」
「ぜんぜん知らなかった」
「市役所に入ってすぐのころかしら。あたし、その画廊に一度だけ行ったことがあるの」
「それでアップルのことも知ってて、あたしをさそったんだ」
「そう、ステキな出会いを求めてね」
「むくわれなかったけど」
「男に見る目がなかっただけよ」
智子は笑ってから話を本題にもどした。
「それでね。画廊に入ってすぐの受付、ちょうど今のアップルのレジのあたりかしら。そこにあの絵が飾ってあったのよ」
「そうだったんだ。で、あの絵だけ、どうしてアップルに残されたんだろう?」
「どうしてなんだろうね?」
「アップルのマスターが買ったのかしら?」
「そうかもね」
「受付にはその絵だけだった?」
「うん。ほかのものは奥の部屋に展示されてた」
「あの絵のことがわかれば、マスターとの関係もわかるかもね」
「うちの課に、画廊の資料が残ってるはずよ。もしかしたら、そこらへんが載ってるかも。明日にでも調べてみるわ」
「なにかわかったら、すぐに教えてね」
そう言ってから……。
ユカは大きなゲップをして、隣の席の客からじろっとにらまれたのだった。