エピローグ
その夜。
母の美子からひさびさに電話があった。
「いいお相手がいるの。ねえ、会ってみない? 今度は前もってちゃんと段取りしておくから」
またしてもお見合いの催促である。
「お断り」
「ねえ、会うだけ会ってみたら?」
「会わない!」
「お相手、会ってイヤなら断ればいいじゃない」
「そんな問題じゃないの」
「じゃあ、なにが問題なの?」
「あたし自身」
「だからお母さん、カレのできないあなたのことを思って」
「ちっとも思ってないわよ。ようはお母さん、あたしに神社を継がせたいんでしょ、だから……」
「そりゃあ、継いでくれると嬉しいけどね。でも、お母さんも好きで神社を継いだわけじゃないし、それをあなたにまで、無理に押しつける気持ちはなくてよ」
母親から意外な心の内を聞かされる。
幸子も話していたが、神社はいざとなればだれも継がなくていいのである。
「ほんとなの?」
「もちろんよ。でもね、期待もしてるから」
母親のもらした本音に、大きく開いたと思った人生の扉が閉じられてゆく。
「やっぱり、そうなんだから。お見合い、ぜったいしないからね」
「じゃあ、今回はなしってことにするけどね」
美子は引き下がると、前回の話をぶり返すように話し始めた。
「で、この前の話の人ね。あとで友達から耳にしたんだけど、ユカと同じで将棋が趣味だったそうよ」
「趣味なんて関係ないもん」
ユカはウソぶいた。
一度は小寺と、むつまじく将棋をさすことを妄想したのだ。
「それであの話、無理に進めなくてよかったのよ」
急に理解を示してから、美子は話を続けた。
「ほら、知ってるでしょ。中学校のそばにある法善寺ってお寺」
いきなり美子の口から、小寺の実家――法善寺の話が出る。
――将棋が趣味って、まさか!
ユカにとってはまさかのまさか、青天の霹靂というやつである。
美子の話の先が気になった。
「知ってるけど、それがどうしたの?」
「前の人、法善寺の息子さんだったの。たしか、ユカと同級生じゃなかった?」
その言葉が小寺だと決定づける。
――やっぱり。
動揺するとともに、それ以上にがっかりした。
なんと自らの手で、二人を結ぶ運命の糸を断ち切っていた。今さら話をもどすこともできない。
「そうだったかなあ」
「あの話、お父さんの言うとおり、うかつに進めなくてよかったわ。だって、お寺の息子さんでしょ。うちになんて、はなからダメだったのよ」
母の声が……。
今や、むなしく聞こえるばかりであった。
美子との電話が終わったとたん、またしてケイタイの着信音が鳴る。
着信表示を見て、ユカはおもわず飛び上がりそうになった。
「ひさしぶりだな、元気だった?」
小寺の声を聞くのは実に二カ月ぶりである。
「ほんと、おひさしぶりね。小寺君、死んでたかと思ってた。ちっとも連絡がないんで」
ユカはヒニクをこめて言ってやった。
「いや、どうも電話をしづらくて……」
「なんで?」
「用もないのに悪いんじゃ、迷惑なんじゃないかって……だから……」
小寺の声は、しまいには聞き取れなくなるほど小さくなる。
「じゃあ、今日はどうして?」
「どうしてもお礼が言いたくてな。オレ、署長賞をもらうことになったんだ」
「署長賞って、アップルのことで?」
「ああ。死体が見つかったこと、オレの手柄になったんだ。それに石井茂の自殺のこともな。それってみんな、鈴部さんたちに教えてもらっただろ。だから、とにかくお礼が言いたくて」
小寺が息せくようにしゃべる。
だが……。
小寺は知らない。
石井茂が、ただの自殺ではないことを。
メグミの霊に操られ、自殺したことを。
しかしだ。
それを小寺に話したところで、なにがどうなるものでもない。
今さらどうしようもないことだ。
やるせない気持ちを振り切り、ユカは祝福の言葉を贈った。
「小寺君、よかったじゃない。おめでとう」
「ありがとう」
「お礼は、そのありがとうだけ?」
いたずらっぽく言ってやる。
「いや、もちろんメシをおごるよ。鈴部さんの好きなもの、なんでもな」
「そうこなくっちゃ」
「日を決めたら連絡するよ。じゃあ、またな」
そう言い残し、小寺の電話は切れた。
とにかく。
一度は切れたと思った運命の糸が、からくもつながっていた。これでお別れ――それだけはなくなりそうである。
――ユカ殿、これからでござるぞ。
ユカはニンマリすると、力強くガッツポーズをしたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
感謝いたします。
誤字報告。
私一人ではどうしても直せず、とても助かりました。




