親友の智子
――そうだ、智子なら……。
ふと、糸永智子の顔が思い浮かんだ。
智子は同い年。読書好きなロマンチストであり、ふっくらとした顔は幼く見える。
ただ高校時代、バレー部で活躍していたとだけあって背が高く、おまけに肉付きがよく横幅もある。そして、ユカと同じでよく食べる。
「最近、また太ったんじゃない?」
ユカが指摘をすると、智子は頬をふくらませて反論する。
「どうせなら、グラマーになったって言ってよ」
ただし本人も気にしているようで、太るたびにダイエットを決行していた。だが一度たりとも、長続きしたことはなかったのだが……。
その智子は女子高からの親友で、市役所に入ったのも同期。現在は商工部の産業振興課にいる。
たしかその産業振興課も、商業地区マリンのことにかかわっていたはずだ。しかも、喫茶店アップルには智子に連れていかれた。
ユカは受話器をつかみ、さっそく智子の席がある庶務係の内線につないだ。
「おはようございます。産業振興課の糸永です」
智子のはずむような声が返ってきた。
毎度ながら朝から元気がいい。
「智子、おはよう。あたし」
「なーんだ、ユカか。おはよう」
すぐにユカだとわかったようで、声のトーンが一気に下がる。
「智子にお願いがあるんだけど」
「カレの紹介ならダメよ。こっちが紹介してほしいくらいなんだからね」
智子はいつものように茶化してきた。
ユカも言い返してやる。
「それくらいわかってるって。当分、カレができないってこともね」
「失礼ね。でもほんとのことだけど」
受話器から笑う声が聞こえる。
「ねえ、智子。アップルって喫茶店のこと、覚えてるでしょ」
「もちろんよ。いつだったか、いい男を探しに行ったじゃない。成果はからっきしだったけどね」
「あのね、今日は仕事のことなの」
「そうなんだ」
智子がつまらなそうな声を出す。
「マリン地区の再開発に、たしか産業振興課もかかわっていたよね」
「うん。パンフレットを作ったり、入居者の募集や資金の貸付なんかをしてるけど。で、アップルがどうしたの?」
「メールの問い合わせが来てるのよ、マリン地区の代表からなんだけど。店を開けたいので予備キーがないかって」
「予備キー? 開けたいんなら、アップルのマスターに言えばいいでしょうに」
「そのマスターが問題で、ここ三日間ほど姿を見せないらしいの。で、もしかしてなにごとかあったじゃないかってね。ねえ、あそこの建物、どこが管理してるか知らない?」
「ここよ。でも、うちには予備キーなんてないよ。どの店も自己管理方式だから」
「なら、アップルの予備キーなんてないんだ?」
「そうなの。賃貸料は管理してるけど、そのほかのことはお店に任せてあるからね」
「わかった。智子、ありがとうね」
「お昼、またお弁当?」
「うん。地下に行くと気分が悪くなるから」
「こまったわね、ユカのその妙な体質」
「なんかホコリアレルギーみたいなの」
「よかったじゃない。男アレルギーじゃなくて」
「それはゼッタイない」
ユカは笑って返した。
「ねえ、ユカ。仕事が終わったら、晩ゴハン食べに行こうよ」
恋人のいない智子は、ようはヒマでしょうがないのである。まあ、そこのところはユカもイコールだったが……。
「いいね」
「なら、決まった。五時半、ロッカー室で」
「わかった、じゃあまたね」
ユカが電話を切ったとき、タイムリミットの十時にあと五分だった。
こうした案件は実にやっかいで、担当課が判明するまで市民情報管理室で処理することになる。さらに外部への回答は文書にして、事前に室内の決裁を受けなければならなかった。
ユカはため息をつきつつ、問題のメールをプリントアウトした。