事件の真相
チーズハンバーグセットがウエイトレスによって運ばれてきた。
ジュージューと音を立てるハンバーグは、早く食べてよと声をあげ、まるで催促しているかのようだ。だが、それはいらぬ世話というもので、だれに催促されなくても、さっそく食べ始めた二人であった。
「アップルのマスター、許せなかったのね。どうしても宮山佳助のことが」
若き日の友であり、妹の夫でもある宮山佳助を死に至らしめた。
なんともむなしい限りである。
「だろうね。でも、妹まで殺すことないのにね」
智子の口もいつになく重い。だが、食べるには問題ないようで、ハンバーグをほおばりながら続ける。
「ひとつだけ、ふに落ちないことがあるの」
「なにが?」
「自殺だったってこと。それでいいのかなって、そんな気がしてならないの」
「でもね、智子は他殺を否定してなかった? 狭いレジで、背後から首を真っすぐ刺すのは無理だって」
「自分の手で自分を刺したんだから、自殺は自殺なんだろうけどね」
「ただの自殺じゃないってこと?」
「うん」
智子はうなずいてみせ、胸のわだかまりを整理するように話し始めた。
「ユカが聞いた女性の声。それさえなければ受け入れられるんだけど。それでね、あたしなりに考えてみたの。マスターの自殺は、メグミさんの霊にコントロールされたもの。自分の意志じゃなく、霊に操られて自殺をさせられた。そうだったんじゃないかってね」
「わかったわ、智子の言いたいことが。メグミさんの霊が、自殺へ追いこんだってことでしょ」
「そうなの。絵の果物ナイフが、マスターの血で汚れていたこともあるし」
「それもやっぱり、首がその位置になるよう、霊に操られたってことね」
「たぶんマスターは、果物ナイフを手にしたところからコントロールされていたんだと思うの。そのあとレジに入って、果物ナイフを絵の果物ナイフの上に真っすぐ立てた。それから刃先を首に当て、勢いよくうしろ向きに倒れたんじゃないかしら。それであれば刺し傷のことだって、ちゃんと説明がつくでしょ。壁の反動を利用すれば、真っすぐ深く刺さってもおかしくないもの」
智子は引き出しの中に整理されたものを、ひとつひとつ取り出すようにしてしゃべった。
「それってモデルのメグミさんが、絵の中の果物ナイフで刺したみたい」
「そのことだって偶然じゃなかったのよ。そこにだけ血がついていたのもね」
智子はきっぱりと言い切った。
さらに警察の捜査の物足りなさを非難するかのように続ける。
「なのに今朝のニュースじゃ、自殺の動機、自責の念だって。死ぬつもりじゃなかったんだから、動機なんてないのに」
「妹の霊に殺されたんだからね」
「その妹は兄に殺されていた」
「やるせないね」
「うん」
智子がうなずく。
それからの二人。
おし黙ったまま口を開かなかった。
いや、それは語弊というもの。食べる方の口は、開けたり閉じたりを盛んに繰り返していた。
ユカは食べながら考えていた。
――事実は小説よりも奇なりか……。
霊が人をコントロールして殺す。そんな摩訶不思議なことが現実にあったのだ。
――霊感なんてまっぴら。
自分の持つ特別な能力――霊感があらためてうとましく思えてくる。
霊感があるがゆえに霊からの交信の媒体にされるのだ。しかも、これからもそれが続く。
――どうして自分だけが霊感?
そうも思う。
ユカの知る限り、鈴部家の女たちに霊感のある者はほかにいない。予知能力のあった祖母も霊感はなかった。占い師をしている幸子でさえ、霊感はない。
――霊感って何なの?
ユカはいまさらのように思った。
「ねえ、智子。霊感って何なんだろうね?」
「あたしが思ってることでいい?」
「うん、話してみて」
「第六感っていうのがあるでしょ。まあ、心で感じることね」
「胸騒ぎや虫の知らせね。霊感も、その第六感?」
「ううん、第ゼロ感」
「そんなの聞いたこともないけど」
「今ね、あたしが作ったの。霊感だから、ゼロ感。どう、うまいでしょ」
智子が吹き出すように笑う。
「シャレなの?」
ユカもつられて笑った。
「でもね。霊感だけは特別って気がしない? だって霊がそばにいて、はじめて感じるものでしょ」
「アップルもそうだったのよね」
うなずいてから、ユカは裏返った声をあげた。
「なら、市役所の地下にも死体が?」
「バカねえ、あるわけないでしょ」
「でも、地下に行ったらムズムズするのよ」
「もしかしたら……」
智子が意味ありげな顔をしてみせた。
「もしかしたらって?」
「あの地下には浮遊霊がいるのかも。死体から離れた霊だけど」
「地下でウロウロしてるの?」
「だって、ムズムズするんでしょ」
「そうだけど」
「だったら、そうも考えられてよ」
「もう行かない、地下には」
ユカはむくれてみせた。
「そんなことできるの?」
「できない。食堂はともかく、仕事で地下の書庫に行くこと、しょっちゅうだから」
「だいじょうぶよ。いても悪さしないから。霊にとってユカは、自分の気持ちを伝えるための大事な媒体なんだからね」
「そんなに大事なら、ムズムズさせるのやめて、もっといたわってほしいんだけど」
ユカとしては、地下にいる浮遊霊に土下座をして謝ってもらいたい。謝るのがイヤなら外に引っ越してほしい、そんな気分だった。
深いため息がもれ出る。
それを見て……。
智子がメニューに手を伸ばし、茶目っ気たっぷりにしゃべる。
「ユカ殿、気分がすぐれぬようじゃな。ならば傷心をいやすため、甘いものでも召し上がらぬか」
「智子殿、いかがなされたか? お主、断食中だったはずでは」
ユカも調子を合わせる。
「心配ご無用。今宵は中断いたす」
「虎之助殿を裏切るのでは?」
「虎様を裏切るなど、めっそうもないことで。これは人助けのための、つらい決断なのじゃ。目の前の傷ついた友を、だまって見ておれぬのでござる」
「なんと、そうでござったか。こころづかい、かたじけのうござる。では拙者、この白玉アイスに決めたでござる」
「拙者は、こっちの抹茶パフェにいたす」
智子がうれしそうに呼びボタンを押す。
なんだかんだといって……ようするにこの二人、甘いものを食べたかっただけである。




