三カ月が過ぎて
アップルの事件から三カ月が過ぎ、季節はまさに夏の盛りを迎えていた。
夕立が黄昏時の街をかけ抜けたが、暑さは少しもおさまるようすがない。それどころか焼けたアスファルトから立ち昇る蒸気で、大通りの空気は息苦しくなるほどに蒸していた。
ムクドリたちが騒がしく鳴き合いながら、歩道に沿って立ち並ぶ街路樹の間を飛びかっている。それぞれの木に数十羽ほどが身を寄せ合い、これから迎える一晩をそこで過ごすのである。
彼らのネグラの下には大量のフンが落ち、白いペンキをまき散らしたように、あたりの車道や歩道を汚していた。
フン害である。
市民からの苦情の定番にこのムクドリのフン害があり、ほぼ年間をとおして市役所に寄せられる。
鳥専用の公衆トイレを設置したところで、彼らに使用してもらえるはずがない。だからといって、捕まえてヤキトリにするわけにもいかない。
市としても対処に苦慮していた。
そして、このフン害には……。
ユカもフンガイ(憤慨)していた。
この一年間、どれほど苦情メールを受け付けてきたことか……。
暑さからのがれるように、ユカと智子は行きつけのレストランに入った。
冷房のヒンヤリとする冷気が、二人を地獄の暑さから一気に解放してくれた。別世界に行ったような、そんな錯覚さえ覚える。
「あー、死ぬかと思った」
智子は席に着くなり悲鳴のような声をあげ、ハンカチでしきりにひたいの汗をぬぐう。
「また太ったんじゃない? 汗かきすぎよ」
そう言うユカも、同じように汗をふいていた。
「ううん、それがやせたのよ。ダイエットしてるからね。見て、このおなか」
智子が横腹のあたりを両手でなでる。
「どれくらい?」
「五キロ」
「ウソ!」
「コンマ、五キロ」
「なによ。そんなの、やせたっていわないわよ」
「がんばってるんだけどね。このお肉、くっついて離れてくれないのよ」
うらめしそうに言って、智子が横腹のあたりをつかんでみせる。
「それってお肉じゃなく、脂肪のかたまり」
「当たってる」
「ちゃんとやればやせられるのに。智子って、どんなダイエットしてるの?」
「好きなだけ食べながら、おもいきりやせるダイエット。そんなダイエット本があるの」
「じゃあすぐに、ちがうのに買い直すことね。そんなんじゃ、やせないに決まってるわよ」
「でも、トラがくれたから」
「トラ?」
「カレ、虎之助」
「智子、トラって呼んでるの?」
「あちらのお母さんが、カレのこと、トラって呼んでるの。それであたしもね」
五月のゴールデンウィークにお見合いをして、さっそく二人は交際を始めたのだ。
「カレ、いろんな本のことを知っててね。ダイエットをするなら、これが智子さんにピッタリだって、そういってプレゼントしてくれたの」
智子がのろけるように話す。
「それって、暗にやせろってことよ」
「ううん。やせたいって、あたしがカレに話したからよ。それでわざわざ買ってくれたの」
「わかった、わかった。智子の好きなようにしたらいいわ。トラさんのおっしゃるとおりにしてね」
お手上げね。
そんなふうに肩をすぼめ、ユカは笑ってみせた。
お見合いをした日の夜、智子からさっそくユカに報告があった。
熊野虎之助は写真よりずっといい男だった。お見合いの席では推理小説の話で盛り上がり、そのまま海に臨む水族館に行って初デートをしたという。
運命の出会いではないにしろ、二人が交際を始めたのは当然の成り行きだったようだ。




