か弱い乙女
食べ盛りのユカと智子。
いったんアップルの事件から離れ、夕食のあとの別腹を満たすべく、今は小寺のおごりのチョコパフェに夢中である。
腹の虫が満足したところで、ユカは話を蒸し返すようにメグミの霊にぐちった。
「でもアップルって、ほかにもいっぱいお客さんが来てたのよ。声をかけるなら、べつにあたしでなくてもいいのに」
「ほかの人は聞きたくても聞こえないのよ。ユカみたいに霊感が強くないからね」
「霊感が強くたって、あたしはだれかとちがって、ほんとにか弱い乙女なんだから」
「そのだれかって、もしかしてあたしのこと?」
「当たり!」
「失礼ね、でも当たってるかも」
「かもじゃなくて、智子は最強の乙女」
「そうよ、ユカ。この際ユカも、か弱い歩からト金になったら?」
智子が覚えたばかりのト金を持ち出す。
「どういうこと?」
「だってユカ、霊がきらいなんでしょ?」
「好きな人なんていないと思うけど」
「だからね、霊が現れたら言ってやるの。あたしは強くなったんだぞ、近寄ったらけとばすぞって。ひっくり返って、赤い顔して叫ぶのよ」
「できないわよ、そんなこと。あたし、将棋の駒じゃないもの。それに歩は敵陣に入らなきゃ、ト金に変身できないのよ」
「じゃあ、アップルに行ってみたら?」
「もっとできない」
ユカの口がますますとがる。
「鈴部さん、将棋がわかるの?」
小寺がユカの顔をうかがい見る。
「あたしね、市役所の将棋同好会に入ってるの。すごく弱いけどね」
「ヘタの横好きなんだけど、オレもやってたんだ」
「小寺君も?」
「学生のころ、大学では剣道、寮では仲間と将棋、そんな毎日でね」
小寺が学生時代をなつかしむように言う。
「今もしてるの?」
「いや、相手がいなくてね」
小寺は残念そうな顔をしたが、ユカの期待したことは口にしなかった。
しかたなく自分で自分に言ってみる。
――ユカさん、お手合わせしてくれる?
そして思い浮かべる。むつまじく将棋をさしている二人の姿を……。
それが無謀な妄想だとはわかっていても、ユカはひとりうっとりとしていた。
「ねえ、ユカ」
智子の声で現実に引きもどされ、必要もないのに顔を赤らめてしまう。
「えっ、なに?」
「メモ、見せてくれる?」
「死んだ女性、メグミさんだとして書いたんだけど……」
ユカは前置きして、メモ帳を三人の間に置いた。
○モデルの女性
宮山メグミ
○宮山メグミを殺した犯人
兄の石井茂
○メグミが殺された理由
マスターを疑い、激しく問いつめた(警察に届けると言ったかも)ことによる
○石井茂を殺した犯人
メグミの可能性は消える
○石井茂の死因(殺された場所はレジの中)
・他殺(狭いレジでは無理? 犯人不明)
・自殺(検証結果では可能。残った刺し傷のように刺すのは、かなりむずかしい)
○肖像画
・血のついていた位置(絵の果物ナイフの位置と同じなのは偶然すぎる?)
○女性の声
・壁の中に残ったメグミの霊の声
・ここから出しての意味(壁の中から出して)
「ねえ、こんなものだった?」
「おう、なかなかのできばえじゃ。ユカ殿、ほめてつかわすぞ」
智子がものものしくしゃべる。
「もったいなきお言葉で」
ユカも両手をテーブルに両手をつけ、深く頭を下げた。
それから二人は顔を見合わせ、コロコロとはじけるように笑い合う。
かたや小寺といえば……。
必死になってメモを、自分の手帳に写し取っていたのだった。




