残った疑問
絵のモデルが宮山メグミであることが判明したところで、ユカは再びメモ帳にペンを走らせ始めた。
「ねえ、智子。マスターを殺した犯人、いなくなっちゃったね」
「うん、話が元にもどったね」
小さく肩をすくめてから、智子は小寺に向き直って言った。
「自殺の線でも捜査をしている、前に、そうおっしゃっていましたよね。その話、どうなりました?」
「検証結果では可能らしいんだ。ナイフを持った腕を背後にまわして、こうやってね」
小寺が両手を背後にまわし、首のうしろを刺すマネをしてみせる。
「ただ今回のように自分の首を真うしろから、しかも真っすぐ刺すのは簡単なことじゃないんだ。どうしても刺し傷が斜めになるし、それに傷が即死するほど深かったからね」
「それで殺された場所、やっぱりレジの中だったんですか?」
「そのことは断定されてる。血痕、レジ内にしか残ってなかったから」
「そう……」
智子が独り言のようにつぶやく。
「それでも自殺の線は捨ててないんだ。今でも他殺と自殺、両面から捜査を続けてるしね。それが昨日、ふたつも死体が出てきただろ。今は、そっちの方に手を取られてしまって」
小寺は言いわけをしてから、こまり顔で苦笑いを浮かべた。
「それに、絵を調べ直したって?」
「ああ、宿題だったからね。でも絵なんて、オレはさっぱりわからないんでね。それでうちの署でも、その筋に詳しい人に頼んだんだ。それがさっきの、ケイタイなんだけど」
「それもありますが。ほら、絵の中の果物ナイフがマスターの血で消えてたことは?」
「ああ、血痕が背景の色とそっくりでね。ちょっと見ただけじゃ、まず見分けがつかないんだ。それでオレたちも気がつかなくて」
「前にお聞きしたときから、ちょっと気になっていたんです。偶然なんだろうかって。いえ、血のついていた位置なんですけど、ちょうど絵の果物ナイフと同じところだから」
「それはたまたまだったからでは? 絵の果物ナイフの位置がマスターの首の高さなんで」
「たしかに高さはそうなんですが、では横の位置もたまたまだったんでしょうか。それ、偶然すぎるって思いません?」
「まあ、そうなんだけどね」
「それに、ずいぶん変ですよね。場所がレジの中だったってことも」
「そうかな?」
「だって狭すぎやしません、レジの中って。そんな狭いところで、背後から人の首をまっすぐ刺せるものかしら?」
「言われてみれば、たしかに」
小寺が変わりばえのしない返事をする。
「しかもレジには、イワクのある絵があって……それも果物ナイフの描かれた位置にだけ、被害者の血がついている。こんな偶然ってあるかしら? それがたまたまだって、どうしても思えなくて……」
目の前に事実のひとつひとつを並べ、さらにシャッフルし、表面に浮いた真実を手の平ですくい取るように、智子はゆっくりと話を続けた。
「なにより一番肝心なことが。ユカの霊感のことなんだけど、ほら、ユカが聞いた女性の声よ。ここから出してって、そう言ったのよね」
「うん。それは二度目に聞いた言葉。一度目は、ここよって」
「ユカ、覚えてる? 女性の声のこと、あたしたち意味を考えたよね」
「でもわからなかった」
「それがね、もし壁の中の死体がメグミさんのものだとしたら」
「わかるわ、智子の言いたいこと。メグミさんの霊の声だった、そう言いたいんでしょ」
「そうなの、壁の中から出してって」
「見つけてってことね」
「そうよ。だったら声の意味もわかるでしょ」
「わかるけど……」
ユカはそこまで言って、大きく口をとがらせたのだった。
会話が切れたところで……。
「オレ、まだ食べてないんだ」
小寺が消え入りそうな声で言う。
着くなり二人の会話に巻きこまれ、つい注文しそびれていたのだ。
「ゴメン、気がつかなくて」
ユカはあわててメニューを取って渡した。
「今日は食べるヒマがなくて」
「大変ですね、しばらく」
智子がねぎらいの言葉をかける。
「糸永さんが捜査を手伝ってくれたら、すぐに解決しそうなんだけどな」
小寺は苦笑いをしてから、メニューの中からサイコロステーキセットを選んだ。
「オレだけ食べるの、悪いから。二人もなにか食べない?」
小寺がメニューをユカにもどす。
「あたしたち、さっき食べたばかりなの」
「でも、甘いものならいけるだろ」
「小寺君のオゴリならね」
「もちろん」
「やったあ!」
「いただきまーす」
それが当たり前のように……。
ユカと智子は憶することなく、メニューのデザートのページを開いたのだった。




