消えた殺人犯
智子の推理が続く。
「それでね、ユカ。画廊の家賃、まだ半分残ってるでしょ。その分の納付書を送らないといけないから、うちの担当者、宮山佳助の居場所を聞いてるんだけど……自分は妹だからわからない。メグミさん、そう答えてるの」
「わかるわ。奥さんが夫の居場所を知らないなんておかしいものね。それで妹だって」
「とっさにごまかしたんだと思うよ。夫のこと、詮索されたくなくって」
「メグミさん、夫は殺されてると思ってるから、それも兄が殺したんじゃないかって」
「そうなの。いろんなこと調べられて、警察ザタになったらこまるでしょ。自分が兄を警察に売ったみたいで。妹だって名乗った理由、そういうことだと思うんです」
智子が話の矛先を小寺に向けた。
「理由はわかったけど。でも、どうしてかばった者に殺されるのか、そこのところがオレにはどうもわからなくて。それにさっきは、殺されたのはモデルの女性かもって」
小寺が首を振る。
これでは小寺と智子、いったいどちらが刑事だかわからない。
「ねえ、待って。これまでわかったことを、忘れないうちにメモするから」
ユカはメモ帳の新しいページを開き、それまでの推理を思い起こすように書き始めた。
○ふたつの死体
・男性の死体(居室の床下で白骨化)
宮山佳助? (行方不明なった時期と殺された時期が合う)マスターの犯行?(モデルの女性も協力?)
・女性の死体(レジの壁の中)
宮山メグミ?(この場合、石井茂を殺したのはメグミではなくなる。ただしモデルの女性であれば、メグミの可能性あり)
○三人の関係
・宮山メグミは、宮山佳助の妻で石井茂の妹
○宮山メグミが窓口で妹だと名乗った理由(ふたつの可能性)
・窓口担当者の誤解
・石井茂(兄)をかばう
「小寺君が来る前、智子と二人で考えたことも書いてあるんだけど、こんなものかしら?」
ユカは小寺にメモを見せた。
小寺がメモを読み進める。
その間……。
うつむいて考えこんでいた智子だったが、小寺がメモを読み終わるのを待って口を開いた。
「モデルかもと言ったのは、その人がメグミさんとは別人だったらの話なんです。ですから、同じ人物だったら話が元にもどって、別の疑問が生じてしまうんです。それではマスターを殺したのはだれなのか、そういうことになりませんか?」
「まあ、そういうことになるな」
「それはそれとして、殺されたのがメグミさんだったとしたら……」
智子はそう仮定してから、先ほど小寺が口にした疑問に答えた。
「どうしてメグミさんが、かばった兄弟に殺されたかですが、たぶんマスターを激しく問いつめたんだと思います。夫を殺したんじゃないかって。それでマスター、メグミさんを殺したんじゃ」
「なるほどな。殺したことが知られたと思い、それで口封じのためか」
「もしかしたらメグミさん、警察に届ける、そこまでマスターに言い寄ったのかもしれませんね」
「占いの結果、霊感で感じていたこととピッタリだったのかもね。それで幸子おばさんの忠告もあって、警察に届けるって言ったのかも。こんなことになるんなら、占い、なんのために……」
ユカの胸に、やりきれなさがこみ上げてきた。
メグミは思いもしなかったはずだ。まさか血を分けた兄に殺されるとは……。
それにだ。
幸子おばさんの忠告に従って、メグミが警察の話を持ち出したとしたなら……。
「うちに先に来ればよかったんだ。そうすりゃ、殺されずにすんだかもな」
小寺がくちびるをかみしめたそのとき、ケイタイの着信音が鳴る。
小寺はあわててケイタイを手に取った。
「はい、小寺です」
会話のはしばしから……。
それが絵のモデルのことだろうと、ユカはすぐにわかった。
智子も真剣に耳をそばだてて聞いている。
ケイタイを閉じ、小寺が開口一番に言う。
「あのモデル、宮山メグミだったよ」
「じゃあ、いったいだれが?」
ユカは自分に問うようにつぶやいた。
三人の女性が同一人物とわかった今、マスターを殺した犯人が消えてしまった。
では、いったいだれが殺人犯?
あらためて小寺に問う。
「まちがいないのかしら?」
「県美術協会にあたって、宮山と親交のあった数人の会員を紹介してもらい、複数の証言を得たそうだ。あの絵のモデルは宮山の当時の恋人で、今の奥さんの宮山メグミだとね」
「殺されてた女性、メグミさんなんだろうね」
「三人とも、みんなメグミさん。ほかに女性はいないもんね」
智子がうなずいてみせる。




