新たな死体
七時半過ぎ。
「すまん、遅くなって」
小寺は肩で息をしていた。走ってかけつけてきたようである。
会ってすぐ。
ユカと智子は、小寺からさらにおどろくことを聞くことになった。
「今夜にも発表されるだろうけど、夕方になって、居室の床下から男性の死体も出てきたんだ」
「ウソ!」
「ほんとですか!」
二人は同時に声をあげていた。
「女性の死体が見つかったの、じつは鈴部さんたちのおかげなんだよ」
「どういうこと?」
「あの絵、詳しく調べるって約束しただろ。それで壁から取りはずしたんだ。そしたら、そこに新しい壁紙が現れてね」
それが不自然に見えたので壁を壊してみたら、中から女性の死体が出てきた……と、小寺は手ぶりを交えて話した。
「それでこの際、店の中を徹底的に調べ直すことになってね。そしたらなんと、床下に埋められた男の死体が発見されたんだ」
「それって宮山佳助?」
「まだわからないけど白骨化していたんで、埋められたのはかなり前のことなんだろうな。今、検視官が死因なんかを調べてる」
「宮山が行方不明になったの、二年ちょっと前だったでしょ。そのときに殺されたとしたら、今は骨になってるだろうしね」
「そのうちわかると思う。宮山メグミの居所もわかって、そこに捜査員が派遣されたから」
「わかるの、いつごろ?」
「持ち帰ったものと、死体のDNAを照合してからだから、早くて三日後ってところかな」
「それもマスターがやったんだわ。そんなことできるの、ほかにいないもの」
「でも、ユカ。壁の中の死体が、モデルの女性ってこともあるから」
「そのときはモデルの女性だってことも?」
「二年前、マスターといっしょにね」
「共犯ってこと?」
「そう」
智子がうなずく。
「そのモデルのことなんだけど」
小寺が二人の話に割って入る。
「調べてみたんだけど、どこのだれだかぜんぜんわからなくて。それで今、絵なんかに詳しい、そうした専門の人に頼んで調べてもらってるところなんだ。わかりしだいその人から、オレのケイタイに結果が入ることになってる」
「じゃあ、近いうちにわかるわね。その人がどこのだれだか」
「たぶんな。で、この占いの店って?」
小寺がメモを指さす。
「あたしのおばさん、占い師なの。でね、ひと月ぐらい前、おばさんの店に訪れた客が宮山メグミって、そう名乗ったそうなの。それもね、行方不明の夫の所在を占ってほしいって」
「宮山メグミって、たしか鈴部さんたち、オーナーの妹って言ってなかった?」
「市役所に来たときの彼女はね。それが占いの店に来たときは、なぜか奥さんだって」
「そうだよ、忘れてた」
大事なことを思い出したように、小寺がポケットから手帳を取り出す。
「そのことで話があったんだ。ほら、約束していただろ。画廊の宮山佳助のことを調べ直すって。それで彼の戸籍を調べてみたんだ」
「メグミさん、妹だった?」
「いや、戸籍では妻だった。鈴部さんからは妹と聞いていたんで、話がちがうなって。それで今日、二人にそのことも聞こうと思って」
「やっぱり思ったとおりね」
智子が目を輝かせ、そのあとを続ける。
「占いの店で名乗ったように、メグミさんは奥さんだったのよ。うちの課で妹を名乗った理由はわからないけど、市役所では奥さんって言えない、なにか事情があったのね」
「それで戸籍を追ってわかったんだけど、おどろいたことに彼女には兄がいて、それがアップルの石井茂だったんだ。ここに書いてるけど」
小宮がメモに記した系図を見せる。
「じゃあ、マスターとも兄弟だったんだ」
ユカもびっくりである。
ただこれで、アップルのマスター石井茂と画廊のオーナー宮山佳助は、宮山メグミを通してつながった。
「わかったわ!」
智子が声をあげる。
「妹でもまちがいないのよ。うちの窓口に来たときはマスターの妹として来たの」
「でも画廊の事務所、宮山佳助が借りてたのよ。だから夫が残した家賃ってことに。なのに、どうして妹だって?」
「自信はないんだけど……」
智子はそう前置きしたが、自信あり気に自分の考えを語り始めた。
「ふたつ考えられると思うの。ひとつは窓口担当者の単純な誤解。画廊がつぶれたあとアップルになったでしょ。メグミさんにはどちらも身内の店。だから今あるアップルの関係者のつもりで、妹だって名乗ったのよ。それをうちの担当者は、画廊のオーナーの妹だって、そう勝手に受け取ってしまったのね」
「なるほどな。で、もうひとつは?」
小寺が大きくうなずく。
「犯人をかばうためです。マスター、つまり兄の石井茂をかばって」
「じゃあ、宮山佳助を殺害したのは、やはり石井茂ってことに。宮山メグミはそのことを知って」
「メグミさん、そんな予感があって、兄のマスターを疑っていたことは確かなんです」
智子はそこまで話して、ユカに話を振った。
「ほらメグミさん、霊感があるって」
「そう言ってたね、幸子おばさんは。それにメグミさん、警察に相談できないって」
「でしょ。たぶんメグミさん、三月にアップルを訪れたとき、夫の死を霊感で感じたんだと思う。でね、マスターを疑い始めていたのよ」
「そっかあ。それでもメグミさんにとっては、実のお兄さんなんだもんね」
「だからね、占いの店ではマスターのこと、ひと言も口にしなかった。ううん、話したくても話せなかったんだわ」
智子とユカのやり取りが続く。
それを小寺はただじっと、カヤの外といったぐあいで聞いていた。




