事件の謎解き
翌日の早朝。
ユカのケイタイに小寺から連絡が入った。
そのとき。
「いや、びっくりしたよ」
これが小寺の真っ先に発した言葉だった。
小寺が教えてくれる。
発見された女性はレジの背後の壁――ちょうど肖像画がかけられていた位置に、セメントで塗りこめられていたという。
「女性、だれだかわかって?」
「今、身元を調べてる」
「メグミさんなんだろうね」
「おそらくな、死後一カ月ぐらいだから」
そのころメグミは市役所を訪れていて、この町にいたのはわかっている。しかもマスターが旅行だと言って、アップルを閉めていた時期と重なる。
「マスターがやったのかしら?」
「断定はできないけど、たぶんな。それで話したいことがあるから」
小寺は詳しい話をすることもなく、仕事が終わりしだい会いたいと告げて電話を切った。
その日の夜。
ユカと智子は、先日も行ったファミリーレストランにいた。そこで小寺と待ち合わせる約束をしていたのだ。
七時をまわっても小寺は来なかった。
遅れるかもしれない……そう話していたが、新たな死体が発見されたことで忙しいのかもしれない。
先に食事をすませた二人、今はおしゃべりに夢中である。
「ねえ、ユカ。あたしたち、マスターを殺したのはメグミさんじゃないか、そう思ってたでしょ。それが反対に、マスターに殺されていたとしたら……マスターを殺した人、ほかにいるってことでしょ」
「そうなるよね」
「だったら殺されていた女性、メグミさんじゃないのかも。ねえ、昨日のメモを見せてくれる?」
「ちょっと待ってね」
ユカはバッグからメモ帳を取り出し、幸子のマンションでメモしたページを開いた。
智子がメモを見ながら話す。
「もしかしたらだけどね。殺されてた女性、モデルの人だったりして」
そうであればメグミは別に存在していて、メグミがマスターを殺したということも考えられる。
――では、やっぱりメグミさんが……。
だが、これはあくまで仮定でのこと。
モデルがメグミであれば、その仮定は否定されることになる。
はたして三人の女性は同一人物なのか、それとも複数なのか。このとらえ方ようによって、事件の真相が大きく変わってしまう。
ユカは将棋のことが思い浮かんだ。
「この三人、まるで将棋の駒みたい」
「どういうこと?」
「変身するのよ」
「ますますわかんない」
「将棋の駒、智子って見たことある?」
「それくらいあるわよ。子供のころだけどね」
「じゃあ、歩って知ってる」
「うん、一番小さいの」
「そう、一番弱い駒。でもね、あれって敵の陣地に入ると、裏返ってト金に変わるの」
「ト金?」
「赤くなって金になるの。するとね、がぜん強くなっちゃうのよ」
「じゃあ、金って?」
「王様のとなりにいる駒。味方の王様を守ったり、敵の王様をやっつけたり、いろんな働きをする強い兵隊なの。歩は敵地に入ると強くなってね、その金になれるってわけ」
「裏返ったり、赤くなったりするのはどうして?」
「変身したってところを敵に見せつけるの。もう歩じゃないぞ、強くなったんだぞって」
「なんとかライダーみたいに?」
「まっ、そうかな。変身して強くなるところは」
禅問答のようなやり取りのあと……。
「妹、奥さん、モデル。時や場所によって、ちがう役を演じてるようだけど、じつは同じ人物。ようは、そういうことなんでしょ」
「もしかしたらと思ってね。でも将棋のルール、智子が知らないから変なことになって。そうだ、智子。うちの将棋同好会に入らない?」
「あたしが?」
「強くなりそう、智子なら」
「弱くていい、乙女なんだから」
「モテるわよ」
「あんなところでモテなくていい。あたし、おじさんなんて興味ないもん」
「ぜんぜんモテないよりマシだと思うけどね」
「ユカみたいに?」
「そう」
ユカはあっさり認めて笑った。
「事実は小説より奇なりか。よく言ったものよね、昔の人。アップルの事件、そのとおりなんだもの」
「ほんと、ありえないよね。殺されていた女性が、もしメグミさんだとしたらよ。殺したって思ってた人が殺された人に殺されていた……。なんか頭の中、ゴチャゴチャしてくる」
「聞いてる方は、もっとゴチャゴチャ」
智子が肩をすくめて笑う。
「殺されたの、メグミさんじゃないとしたら、いったいだれなんだろうね?」
「だれだろうと、あまりいい人生じゃないよね。あんな死に方じゃ」
「つらいね」
「アップルみたいな事件、小説の中だけだって、そう思ってた。でも現実にあるんだね」
智子は無類の読書家(とくに推理小説)である。
それにより磨かれた推理力。
人生ドラマへの好奇心。プラス彼女の言うところの臭覚。
以後これらが、事件の真相を解き明かすことに、ひと役買うことになる。




