幸子の人生
ユカは気になって聞いてみた。
「見たくないものって、どんな?」
「そうね、ドロドロとしたものかな。それってその人の、心の中の醜い部分でもあるの」
「イヤでしょ、そんなの見せられるなんて」
「割り切ってるわ、それも仕事だって。でね、そんなときは心を鬼にして、忠告してあげるの。その人が救われるんだと思って」
「幸子おばさんのこと、ずっと誤解してた。けっこう強いんだね」
「あら、これまでどう思ってたの?」
「なんとなくはかなさそうって。若いときに婚約者を亡くし、ずっと独り暮らしだから」
「じゃあ、亡くなった彼が、わたしを強くしてくれたのかもね」
「ステキな人だったんだね」
「そう、とってもね。あら、ゴメンなさいね、のろけちゃって」
幸子は娘のようにコロコロと笑った。
そこには過去の暗い影などみじんも見られない。
ユカはこれまで知らなかった幸子をかいま見た気がした。そしてなぜかすがすがしい気持になる。
おば、幸子の人生。
その人生は、婚約者の突然の死――自分をおそった大きな負の部分を捨てることなく、それをプラスに変えて生きてきたのだ。
しかもだ。
代々、鈴部家の女たちの血に流れる異質な力――ユカにとってはうとましい限りのものだが、それさえも生きる糧にしている。
ユカは指でひたいをさした。
「幸子おばさんってね、占ってるとき、ここがムズムズすることってない?」
「ううん、したことないわ」
「とってもイヤな感覚なんだけど」
「ユカのは霊感なんです。霊がユカを媒体にして、だれかになにかを伝えようとして」
智子がすぐさま言い添える。
「智子の言うように、あたしも霊のしわざだって思うの。これまでのことを考えるとね」
「ムズムズするだけ?」
「ううん、一度だけ声を聞いたことがある」
「いつのこと?」
「先週の月曜日」
「つい最近ね」
「うん」
ユカはうなずいてから続けた。
「知ってるでしょ、マリン地区で起きたこと。アップルって喫茶店のマスターが殺された事件」
「もちろんよ」
「じつはね、第一発見者、あたしだったの。びっくりでしょ」
「ええ……」
「アップルには呼び出されて、マスターの死体、たまたま見つけたんだけどね」
「呼び出されたって、まさか霊に?」
「ううん、仕事。マリンの代表者から、マスターの所在がわからないんで店を開けてくれって。それで、うちの係長と行ったの。でね、店に入ったとたん、おでこのところがムズムズしてきて」
指でその部分を教えてから、ユカはそのときのことを話して聞かせた。
「それからすぐにレジの方から、ここよって女性の声がしてね。それでレジカウンターをのぞいたら、マスターが死んでたの」
「その声、ほかの人は聞いてないの?」
「そうみたい。そんな話、警察の人にも話してなかったから」
「不思議ね」
「でしょ。幸子おばさん、そんな経験ない?」
「ないわ。でもユカちゃんだけに聞こえたんなら、やはり霊の声だったのかもね」
「あたし、その声のこと警察に話さなかったの。どうせ信じてもらえないだろうと思って」
「いいのよ、それで。理屈じゃ、説明のつかないことだからね」
「幸子おばさんの見えるってことも?」
「そうよ。だから占いなんて、信じない人もたくさんいるでしょ。でも、それはそれでいいのよね。占いって、そんなものだから」
幸子は割り切っているように言った。
――だけど……。
ユカは思いとどまった。
鈴部家の女たちの血に、脈々と受け継がれてきた特別な能力。それが幸子の場合は予知能力であり、具体的には未来が見えることである。
そして自分は、それは霊感であり、霊の声が聞こえた。




