お見合い相手
食器の片づけを三人ですませたあと、さっそく隣のリビングに移動した。
幸子とテーブルをはさみ、ユカと智子が並んでソファーに座る。
「さっそく始めようね」
「ここで占いを?」
智子が部屋の中を見まわす。
リビングには占いの道具がなにひとつない。一階の店でする、そうとばかり思っていたようだ。
「そうよ」
幸子が笑顔で答える。
「あたし、カードかなんかで占うんだって、そう思ってた。ちがうんですね?」
「わたし、道具は使わないの。意識を集中するだけだから」
「じゃあ、ムダだったのかな? 相手のこと、メモしてきたんですけど」
智子はそう言いながら、ハンドバッグからメモ帳を取り出した。
「ううん、見せて。名前は聞くことにしてるから」
「あたし、糸永っていうんです」
メモ帳の表紙に記してある糸永智子の文字を見せてから、メモしたページを開いた。
「この人です」
智子がメモを指さす。
――わっ!
名前をのぞき見たユカは、つい心の内で笑ってしまった。
熊野虎之介とある。熊に虎、恐そうな動物が二つもついており、しかも時代がかっている。
「いまどき珍しい名前ね」
幸子もおどろいている。
「そう、びっくりなんです。それで写真もあるんですけど……」
メモ帳の最後のページが開かれると、そこにはお見合い相手の写真がはさみ込まれていた。
――これじゃあねえ。
ユカは写真を見て納得した。
名前とは似ても似つかぬ細面の男。悪く言えばきゃしゃで、いかにも頼りなさそうに見える。とにかく名前と写真にギャップがありすぎだ。
これでは智子でなくても、評価に苦しみ占いに頼りたくなるであろう。
「ねえ、どう思う?」
智子がユカの顔をうかがい見る。
名前にしても写真にしても、いずれも素直には答えづらい。
ユカは言葉をにごした。
「どう思うって?」
「熊に虎よ。それにこの写真、名前とすごい落差があると思わない。占ってもらうの、名前と人相、どっちがいいのかなって」
智子らしい質問である。
「どちらでもないのよ。わたしの場合、姓名や人相で占うわけじゃないからね」
幸子はそう言って、智子が正面になるように座り直した。
それから両手をひざの上に置く。
「智子さんは、そのままの姿勢でいていいからね」
幸子が目を閉じる。意識を集中しているのか、目を閉じたまま智子の方に顔を向けていた。
占いはものの三十秒ほどだった。
幸子が姿勢をくずして、占いの終わりを告げた。
「すんだわ」
「どうでした?」
智子が神妙な顔で聞く。
「智子さん、咲き始めたばかりの桜の木を見上げていたわ、相手の人と二人でね」
「なんだか、いい運勢みたいですけど」
「悪くないことだけは確かよ」
幸子がほほえんでうなずく。
「じゃあ、お見合い、した方がいいんですね?」
「それは智子さん自身が決めることなの」
「あたしが?」
「そうよ。智子さんの将来を決めるのは、占いじゃなく、あなた自身なの。あなたの人生なんだからね」
「ねえ、ユカ。どうしよう?」
「あたしに聞かれてもね」
返事にこまったユカにかわって、幸子が話を引き取って答えた。
「悪くないことだけは確か。そう言ったのは、その人と結ばれても、智子さんの将来に大過がないってことだけなの。だって男の人、ほかにもたくさんいるでしょ。そんな人たちだって、占ったら同じ結果が出るかもしれないの」
「この人でも悪くない、そうなんですね?」
「それも、ちょっとちがって。どう説明したらいいのかしら。その人と結ばれることが、もしかしたらベストになるかもしれないの」
「ベストに?」
「そう、一番いいかもしれないの。わたしが占ってわかるのは悪いことだけだから。それ以外はね、将来どうなるかまではわからないの。でも悪いことは起こらないから、それだけは安心してね」
「はい」
智子が笑顔でうなずく。
「智子、どうするの?」
「する気になった。その人あたしにとって、ベストになるかもしれないんだから」
「問題は智子がそう思ってもよ、相手が智子のことをなんて思うかだよね。そのおなか見て」
「もうー」
「ここんとこの脂肪、減らしてあげる」
ユカはおもいきり、智子のわき腹をくすぐってやった。
「ヤメてー」
智子が体をよじらせる。
はしゃぎ声が、キャアー、キャアーとリビングにひびきわたる。




