幸子の婚約者
おばである幸子にも常人にない能力があることがわかり、ユカは鈴部家の女たちが受け継ぐ特殊な能力について切り出すことにした。
「お母さんから聞いたんだけど、おばあちゃんにも予知能力があったみたいなの。知ってた?」
「ええ、そんなおおげさなものじゃないけどね。いつも母、虫の知らせっていうか、そんな言葉を口にしてたからね」
「それでお母さん、おばあちゃんの言ったことは、不思議とそのとおりになるんだって」
「そうなの。でも当時、おばさんは不思議だって思ってなかったのよ。おばさんにも、よくそんなことがあったからね。だからみんなにも、そんなことがあるんだって」
「じゃあ、子供のころから?」
「そうだったんでしょうね。でもね、意識し始めたのは高校生になってからなの」
幸子は当時を思い返すように続けた。
「それでもね。それがまだ、みんなが言う胸騒ぎや虫の知らせだって思ってたの。それが他人より、自分は強いだけなんだって、おばあちゃんみたいにね。決定的に他人とちがう……それに気がついたのは、あの人が亡くなったときだったの」
「あの人って、婚約者だった人?」
「そうよ。占い師になろうって思ったのも、そのときなの。わたしみたいに悲しい思いをする人、一人でも救えたらってね。でね、そのときなぜか、それができそうな気がしたの」
「婚約者が亡くなるとき、やっぱりなにかが見えたんですね?」
智子が好奇心いっぱいの顔で聞く。
「だれにも話したことないんだけど、二十年以上もたってるんだし……」
もう時効だよね、と幸子は笑ってみせた。
「その夜、二人で食事をしたんだけど。仕事で明日から出張だって、彼が言ったの。そのときなぜかひどい胸騒ぎがして……突然、彼が交通事故にあうのが見えたの。ここらあたりにね」
幸子がひたいに手を触れる。
「気になって、車で行くのか聞いてみたら、やはり車で行くって。だから彼に、車では行かないよう説得したの。でも……」
「車で行ってしまった」
智子がつぶやくように重ねる。
「そのときね。なぜって、彼に聞かれたの。でも、はっきり答えられなかった。うまく話せなかったの。理由はないけど、ひどく胸騒ぎがするって、ただそうとしかね」
「本気にされなかったんですね」
「そうなの。ただの思い過ごしだって。心配ないからって、彼は笑って聞いてたわ」
自分には特殊な能力がある。
幸子は婚約者の前で、そのことが言い出せなかったのではないか。自分と同じように変な女に思われるのが、イヤで。
ユカはそう思ってたずねてみた。
「そのとき、どうして話さなかったの? 自分には予知能力がある、だからだって」
「信じてもらえないだろし。それに、おばさんも自信があったわけじゃないからね」
幸子の答えはちがっていた。
自分の持つ特殊な能力に確信がなかっただけである。
――ううん、あたしだって。
ユカはすぐに思い直した。
自分もつい最近まで、霊感があるなんて思ってもいなかった。いないはずの女性の声を聞くまでは、それがただのホコリアレルギーだと……。
「ずっと自分を責め続けたわ。彼のこと、助けられたんじゃないかって」
幸子が目がしらに指をそえる。
「忘れられないんですね、その人のこと。だから、ずっと独身で……」
智子も目に涙をためている。
「あら、そんなことないのよ」
幸子はごまかすように笑った。
「仕事に一所懸命だったし、結婚のチャンスがなかっただけ。ようはね、男の人に声をかけてもらえなかっただけなの」
「でも、こんなにきれいなんだから、まだこれからですよ」
「捨てたもんじゃない?」
「もちろんです」
智子はうなずいてから、幸子とユカを交互に見て続けた。
「ほんと、世間の男どもって、いったいどこを見てるんだかね? あたしたちみたいな、いい女を捨ておいてから」
「智子さんの言うとおりだわ」
幸子がうれしそうにうなずく。
「そのいい女の中に智子がいるの、ちょっと気になるけどね」
「もうー、ユカったら。ついででも、オマケでもいいの。お願いだから、あたしもその中に入れてよ」
「じゃあ、ついでのオマケで」
「ありがとね」
ここまでの二人。
話してばかりいて、焼肉をちっとも食べていないかのようにある。
しかし、そうではない。
話す合間。
二人は肉をしっかり口に運んでいた。
かたや幸子は、ほとんど焼く役にまわっていたのだが……。




